【4月14日】

先月31の日記で『一万本桜まつり』のことを紹介し、ソメイヨシノをはじめ、シダレザクラ、河津桜、八重桜など様々な種類の桜が、合計で『1万318本(5年前の市の調査)』あるというお話をさせていただいた。

写真は、市内の熊倉公園の様子…。現在、八重桜が見ごろを迎えている(ソメイヨシノとは違った趣があります)。

なお、この公園とその周辺では22日(日)に『神宮桜まつり』が行われ、神輿の渡御などが予定されている。

【4月12日】

この日は、日光市議選に立候補し、2期目の挑戦をしている瀬髙哲雄さんの応援にお邪魔をする。

瀬髙さんと私は『関東若手市議会議員の会栃木ブロック』で一緒に活動をしており、彼には同ブロックの代表を務めていただいている。
元アイスホッケーの選手で、栃木日光アイスバックスではキャプテンも務めた。しかし、そうした過去の経歴に甘えることなく、4年間ひたむきに議員活動をしてきた姿が強く印象に残る。
特に毎週木曜日、日光市内の街頭で演説を続けていたのは、真似をしたくても中々できることではない。現在36歳の彼であるが、今後益々活躍が期待できる議員である。

※15日の投開票の結果、瀬髙さんは市議選で2回目の当選を果たすことができました。

【4月10日】

前日の真岡中学校に続いて、この日は真岡西小学校の入学式に出席。
同校には、今年143名の子ども達が入学した。
ちなみに、今回の新入生達が生まれたのは平成23年度。つまり、東日本大震災が発生して間もなくの時期ということになる。

あの時の大変だった状況や、その後の出来事を振り返ると、保護者の皆さんが出産や幼児期の子育てに、どれほど神経を使ってきたのだろうか。
だから『おめでとう!』はもちろんだが、それ以上に『よくぞここまで!』という労いの言葉をかけたくなってしまうのである。

【4月9日】

この日、市内の中学校では入学式が行われ、私は真岡中学校にお邪魔をした。

今年、同校は177名の新入生を迎えた。真新しく、大きめの制服が何とも初々しい。
新入生代表の町田愛芽さんは『中学生としての自覚を持ち、思いやりの心で、何事にもチャレンジしていきたい』と誓いの言葉を述べた。
中学時代は、心身ともに大きく成長する一方で、色々な悩みを抱える時期でもある。
そうした時間を共有する友人というのは、まさに“一生もの”の宝物なのだと思う。
ぜひ、素晴らしい友達をたくさんつくって、かけがえのない中学校生活を送って欲しいと思う。

【4月8日】

45歳の誕生日を迎えた。
実を言うと、平成元年に私の父親が45歳で亡くなっており、その年齢に肩を並べたことには嬉しさの反面、何とも言えない複雑な気持ちになる。
個人的にも守るべきものがある今、健康には十分に留意しながら、それでも『これからの自分に後悔をしない生き方』をしていきたいと思う。
今、自分が『生きている時間』は、生きたくても生きられなかった人達の『生きたかった時間』であることを忘れずに…。

(余談)
この前日、甥っ子や姪っ子達が、私にバースデーケーキをサプライズで用意してくれた。
しかも、このケーキは彼らによる手作りによるもの。
ヤバい…。完全に涙腺崩壊!

【4月6日】

この日から『春の交通安全県民総ぐるみ運動』(運動期間:4月6日~15日)がスタートした。私も高間木の交差点に立ち、交通安全を呼びかける取り組みに参加。
年度初めの慌ただしさのせいだろうか。通り過ぎる車を見ていても、何となく荒っぽい運転が多かったように感じられた。
いよいよ次週からは、新入学児童も登校するようになる。
子ども達を交通事故から守っていくためにも、私達ドライバー1人1人がゆとりを持った運転を心がけていかねばならない。

【3月31日】

3月24日から4月22日までの間、真岡市内では『一万本桜まつり』が開催されている。

真岡市は、ソメイヨシノはもちろんだが、そのほかにもシダレザクラ、河津桜、八重桜など様々な種類の桜並木が市内のいたる所にあり、普段の生活の中でも“お花見気分”が満喫できるのが何とも楽しい。

 

 

 

ちなみに…、毎年この季節になると『真岡市内には、本当に1万本の桜はあるのか?』とお尋ねになる方が多い。

これについて市役所に問い合わせてみると、5年ほど前に調査を行った結果、その時点で1万318本あった(ただし、私有地や学校施設内の桜も含めて)とのこと。真岡の『一万本桜まつり』は“看板に偽りなし”なのである。

 

【3月27日】

新年度を目前に控えて、ここ数日間『真岡地区遺族会』や『真岡自然観察会』など、私が役員や事務局を仰せつかっている団体の総会・役員会の準備に追われている。
日程の調整、会場の確保、メンバーへの連絡、決算処理、監査の段取り、資料の作成、約200名分の領収書の作成…。1つ1つの規模は大きくないのだが、事務を担当する団体が複数になると、色々と面倒なことが多い。

とにかく私は、学生の頃から事務的な仕事が大の苦手で、会計のような仕事をソツなくこなせる人物には“羨望の眼差し”なのである。
そんなこんなで悪戦苦闘していると、そこへ『真岡落語研究会』(こちらも事務局を仰せつかっておりまして…)に対する出演依頼の連絡まで我が家にやって来る。
10数年前に流行った映画のセリフではないが『誰か、助けてください!』と、叫んでみたくなる。

【3月25日】

この日の午前中、地元・大谷地区の総会が行われ、私も出席された皆さんにご挨拶をさせていただいた。

これまでも大谷地区は、夏や冬に開催されるお祭りのほか、住民の皆さんの生涯学習系の取り組みなどが、大変活発に行われてきた。
また、近年は『地域共助活動推進事業』のようなご近所同士での支え合い、さらにノンケア体操、ヨガ、ラジオ体操といった健康づくりの活動にも力を入れている。新年度からは認知症予防に関する事業もスタートする予定だ。
ここまで様々な取り組みが活発に行われている要因は、地域の方々がそれぞれの持ち味、得意分野を活かしながら活動に参加していることが大きいように思う。
それは、地域に住んでいて誇りに感じる部分であるし、私も住民の1人として、より良い地域をつくるために、微力ではあるが力を尽くしていかねば…と思う。

【3月24日】

今年の春は、県内外の自治体で首長や議員の選挙が数多く行われる。

この日は、まず午前中に、埼玉県戸田市の市長選に出ている菅原文仁さんの応援にお邪魔をした。
菅原さんとは今から10年ほど前、明治大学の公共政策大学院で一緒に勉強をした間柄。
その後も、菅原さんには私の市議選の際に、応援弁士として真岡市まで来ていただくなど交流が続いていた。
菅原さんは市議、県議を経て、今回が市長選へ初出馬。
選挙戦の最終日であるこの日は、やはり同じ時期に大学院に通っていた、土井裕之・さいたま市や山崎英昭・西東京市議なども、菅原さんの勝利を願って応援の活動を展開した。
選挙カーに乗り、すれ違う人や車の反応を見ていても、雰囲気の良さがひしひしと伝わってくる。これは非常に期待できるのではないかと率直に思った。

午後からは大急ぎで壬生町に移動。
やはり最終日を迎えた壬生町議選において、小牧敦子さんの応援で午後8時までマイクを握らせていただいた。

※25日の投開票の結果、菅原さんは市長選で初当選を、
小牧さんは町議選で3回目の当選を、それぞれ果たすことができました。

【3月22日】

この日は、朗読ボランティア『ひばりの会』の活動で、真岡新聞の音訳作業を行う。
私が『ひばりの会』に参加したのは、今から14年前のこと。
きっかけは会社員だった頃。真岡落語研究会のメンバーで、視覚障がい者だった秋山聿之さん(平成22年に死去)が、市の広報紙が音訳されたテープを大事そうに聞いていた光景を目にしたことだった。
秋山さんによれば『色々な情報を聞くことができて、とても重宝しているんだよ』とのことだった。
議員になって数年が経った頃『人前で話すための勉強にもなるし、多少なりとも誰かのお役になれば…』と、会に入れていただき、現在まで活動を続けている。

最も心掛けているのは『正確に読む』ということ。
当たり前のことかも知れないが、ちょっとした不注意による読み間違いが、聞き手の方々に誤った情報を伝え、結果として大きなご迷惑をおかけしてしまうことになる。
そのため、入会から14年経った今でも、マイクの前に座る度に緊張してしまうのである。

【3月20日】

この日、壬生町において町議選が告示され、小牧敦子さんの応援にお邪魔をした。

小牧さんとは、県内の議員有志で結成している勉強会で一緒に活動している。
非常に勉強熱心な方で、忙しい合間を縫って研修会には毎回欠かさず参加をしている。
さらに、不登校や特別支援教育といった教育問題については、大学の先生のところへ出向いて教えを乞うなど、その熱心さには本当に頭が下がる。我々が教育問題に関する質問・提言を行う際の、良きアドバイザーでもある。
今回3期目への挑戦であるが、何としても当選を果たしていただきたいと思う。

中村かずひこ通信60号