【12月31日】

大晦日。
今年はこれまでの反省(?)を踏まえ、12月議会閉会直後から部屋の片付けなどを少しずつやっていたので、例年のようなドタバタ感が無い、落ち着いた年の瀬である。
午後からは、地元・大谷地区の皆さんが開催した『そば打ち会』にも参加。

今年1年を振り返ると、議会内での活動も個人としてのスキルアップも腰を据えて取り組めたように思う。
議会内では、長年の懸案事項だった『議会基本条例』の制定に向けて動き始めたところ。私も『議会活性化等検討委員会』のメンバーに加わっているが、来年もしっかりとした議論を進めていきたい。

一方、市政全般で『人口減少問題』が大きな課題となっている。
平成27年秋に行われた国勢調査の確定結果が先頃公表され、真岡市の人口は7万9539人(基準日:平成27年10月1日)。これは5年前と比べて、2750人減となっている。
国立社会保障・人口問題研究所が当初立てていた予測では、平成27年が8万1078人、32年が7万9554人だった。つまり、真岡市の人口減少は、それよりも5年早いスピードで進行していることになる。
人口が減れば消費が減る。消費が減れば雇用が減る。そして、雇用が減ればさらに人口が…。そうした人口減少による悪循環を、何としても断ち切っていかねばならない。
真岡市では現在『まち・ひと・しごと創生総合戦略』に基づいて、真岡市版の地方創生に取り組んでいるところだが、各種施策の実現に向けて、もっとピッチを上げていくように私自身も訴えていかねばならない。

【12月26日】

関東若手市議会議員の会栃木ブロックの役員会を宇都宮市内で行う。

今年1年を振り返ると、各メンバーが忙しいスケジュールをやりくりしながら、年間6回の研修会を開催することができた(7月には真岡市で開催しました)。関東地方の各都県の中で比較しても、この回数は東京に次いで多い。
今回の役員会では、来年の活動方針について話し合った。今年以上に内容の濃い研修を進めていきたいと思っている。
また、来春に選挙を迎えるメンバーも多く、選挙協力もしっかりとやっていかねばならない。そういった意味でも忙しい1年になりそう。
お互いの悩みを打ち明けながら、一緒にスキルアップをしていく仲間達が、身近なところに数多くいるのはとても心強い。自分が初当選した13年前、同年代の議員は本当に少なく、何もかもが手探りだったことを思い起こすと、今の状況は感慨深いものがある。

【12月24日】

この日は、真岡落語研究会の活動で、お隣の茨城県筑西へ(クリスマスイヴだというのに…)。

市の中心部にあるアルテリオにて、入り口に展示されている“日本一の大神輿”に威圧感を抱きつつ、カルチャー講座『落語の楽しみ方』に出演。

この企画は、落語を聴いて笑うというだけでなく、落語の歴史や成り立ちなどを学ぶことも目的としている。

そのため、真岡落語研究会の古株メンバーによる“講義”(傍で聴いていて自分も勉強になりました…)の後を受けて、我々が落語を演じるという、いささか変わった構成となっていた。

なお、真岡落語研究会にとって、このイベントが今年最後の活動。

ちなみに、私は今年1年間で29回高座に出させていただいた(らしいです)。

真岡市内はもとより、県内外でも出演する機会を得て、様々な人との出会いがあることはとてもありがたいと感じている。

来年はどんな出会いが待っているのか、今から本当に楽しみである。

【12月16日】

この日の午後、真岡市公民館で行われた社会教育委員(公民館運営審議委員と兼務)の会議に出席。

社会教育委員は、学校長やPTA、各文化団体の代表、そして一般公募の市民など20名によって構成されており、私は市議会の代表(私以外では、日下田喜義議員と飯塚正議員が委員に選ばれています)として出席している。

今回の会議では、生涯学習課、文化課、スポーツ振興課、そして図書館が平成28年度後半に実施する事業について協議された。

また、学校で日頃行われる芸術・文化教育において、市内の人材をもっと活用できないかということについても、ある委員から提起された課題として意見が交わされた。

真岡市内でも、芸術・文化活動に携わっている方々は大勢おり、その人材の活用はもっと図られるべきだと思う。

ただし、学校の現場では、それ以外にも『子ども達の学力向上』をはじめとする様々な課題に向き合うことも求められており、『芸術・文化教育における市内の人材活用』を積極的に進めるにしても、どの程度が適切なのか、議論が分かれる部分ではないだろうか(人材バンクの構築等は最低限必要だとは思いますが)。

これは12月1日の日記でも触れたが、教育施策の優先順位を検討するためにも、現役の先生方に参画していただき『教育研究所』を設置させていく必要があると改めて感じた。

【12月15日】

12月定例議会の閉会日を迎えた。今回、執行部から提出された『真岡市工業振興基金条例の制定』をはじめとする議案20件、陳情1件、さらに議員案2件(川の日を国民の祝日に貞けることを求める意見書、地方議会議員の厚生年金への加入を求める意見書)が、

いずれも原案通り可決された。

その後『議会活性化等検討委員会』の15回目の会議が行われた。

今回話し合われたのは、現在制定を目指している『議会基本条例』の案について。その中でも中心部分の1つである『議会と市民の関係』がメインの議題だった。

すでに制定された他市の条例を見る限り『議会と市民の関係』として記載されているのは、大まかに言うと、

(1)会議の公開のあり方

(2)請願・陳情の審査等における参考人制度・公聴会制度の活用

(3)広報制度の充実化

(4)基本的政策の策定におけるパブリックコメントの実施

(5)議案にかかる議員の賛否等の公表

(6)市民が傍聴しやすい環境の整備

(7)市民に対する議会報告会または意見交換会の開催

などが挙げられる。

他市でもそうだろうが、この中で特に議員間の議論に時間を要するのは(7)の部分だと思われる。

開催することに慎重な姿勢の議員が多いことが大きな理由の1つである。しかし、それだけではなく、開催するにしても『どれだけ幅広い市民の層から意見を聴けるか』、『聴いた意見をどこまで政策立案に活用できるか』ということは、しっかりと考えていかねばならない。

今後、各期別の議員による話し合いを再度行い、年明け後に開かれる委員会でこの部分の条文を検討していく予定となっている。

【12月13日】

この日は『はがの真岡準倫理法人会』の方々にお誘いをいただき、朝6時から井頭温泉チャットパレスで行われたモーニングセミナーに参加。船田元・衆議院議員の講演を拝聴させていただく。

その後、午前中は『真岡市遺族会連合会』の役員会に出席。

遺族会というのは、太平洋戦争における戦没者遺族によって構成されている組織である。そのため他団体とは異なり、会員資格者が増えるということが基本的にない。

会員が年々減少し、高齢化も進む中で、戦没者慰霊祭をはじめとする事業運営のあり方、会費等の財源確保、さらに次の世代にいかに引き継いでいくかが大きな課題となっている。

そして、子ども達の放課後の時間帯に、防犯活動の一環として行っている『青色回転灯搭載車』による地域巡回にも参加。

ボランティアとして『青色回転灯搭載車』のハンドルを握っていて感じたのは、市街地を走る車の運転が『少し荒くなっているかな…』ということ。

現在、栃木県内では『年末の交通安全県民総ぐるみ運動』が展開されている(期間:12月11日~31日)。

師走で何かと忙しいこの季節。だからこそ、今一度『交通安全』についてお互い考える(私自身もそうですが)ことができればと思う。

【12月9日】

この日、地域医療に関する勉強会が商工会館で行われた。

この勉強会には、私のほかに7名の同僚議も参加した。

今回、主催をしたのは趙達来さん(真岡西部クリニック院長)。

現在、栃木県内は『栃木県保健医療計画(6期計画)』の地域医療構想に基づき、6つの保健医療圏に分かれている。

その中で、芳賀郡市1市4町の『県東保健医療圏』は、医師、看護師などの数が最も少なく、今後さらに医療需要の増加が見込まれている中で、人材不足により医療体制が崩壊しかねない状況について、趙さんは我々に訴えた。

人材の育成が絡む課題というのは、一朝一夕で解決できるものではない。だからこそ、将来を見据えて今から動かなければ、本当に間に合わなくなる。

さらに『在宅支援診療所』の絶対数も不足しているとのことで、そうしたハード面での整備も急ぐ必要があるように思われた。

今後も、こうした勉強会を継続して行っていくようで、私も可能な限り参加し、政策提言につなげていきたい。

【12月7日②】

この日の夜、真岡青年会議所の卒業式にOBの1人として出席した。
青年会議所は、40歳になった年の12月に卒業となる。今回、卒業式を迎えたのは昭和51年生まれの18人。
その中には、自分が現役会員の時に一緒に活動をしたメンバーもおり、様々な思い出がよみがえってくる。
青年会議所を卒業してから感じるのは、この団体の対外事業や勉強会などの質の高さである。そして、卒業してから同じようなことを経験しようと思うと、それが想像以上に難しいことに気づかされる。卒業生には、今後も自己研鑽を続けて欲しいと思う。


さて、真岡青年会議所の卒業式では、OB席の1つに黒いカバンが毎年必ず置かれる。
このカバンは、2009年に卒業間近の39歳で急逝した車田典隆さんが愛用していたものである。
青年会議所活動に情熱を注いでいた車田さんの遺徳を偲び、当時一緒に活動をしていた仲間達によって今もなお続けられている行為なのである。
この光景を見るたびに、私自身もこの団体に在籍していたことを誇りに思うのである。

【12月7日①】

質疑・一般質問の初日。
私は2番目に登壇をし、以下のような内容の質疑と一般質問をさせていただいた。

【質疑】

1.平成28年度真岡市一般会計補正予算(第3号)について

(1)農業振興費(とちぎの地産地消給食推進事業費)について

(2)観光費(D51型SL動態整備事業費)について

【一般質問】

1.今後の定住人口確保について

(1)宇都宮市、芳賀町のLRT整備について

2.教育関係の諸課題について

(1)学力テストの結果について

(2)学校図書館における専任司書の配置について

(3)教員の多忙感解消について

(4)平和教育の推進について

3.子育て環境の整備について

(1)病児保育について

4.起業家の支援について

(1)『インキュベーション施設』の整備について

(2)『チャレンジショップ』の整備について

今回、執行部に対して確認をしておきたかったのは、『LRTの整備に対して、真岡市はどのようなスタンスで臨むのか』ということ。
市長の答弁では、LRTが整備された場合、清原地区などの停留所への乗り継ぎ手段などを検討していきたいとしつつも、真岡市としてLRT整備に参加する考えはないとのことだった。それは決して間違った考えではないと思う。
ただし、『真岡市がLRTに対してどのような立ち位置でいるか』という問いかけは、そのまま『真岡市が今後どこに軸足を置いてまちづくりを進めるか』ということに直結する。
真岡市は県内で唯一『JRの駅を持たない市』であり、公共交通網の分野が極めて弱い。その中で、LRT整備と一定の距離を保っていくということは、今後も真岡市は、モータリゼーションを前提としたまちづくりを進めていくということを意味している。
つまり、定住人口確保に対する考え方も、必然的に車の運転を長い年月できる若い世代に軸足を置かねばならないということになる。
結論として、子育て支援や教育環境の分野において充実化を図っていかなければ、真岡市の未来は非常に心許ない(東京を凌駕するような若者文化を常時生み出せるのであれば、話は別ですが)。
しかし、教育や子育て、さらには12月5日の日記でも指摘した『雇用のミスマッチ』を改善する取り組みの1つでもある(無論、それだけでは完結しませんが)起業家の支援についてまで、消極的な答弁が目立ったことは極めて残念であった。
現状を見る限り、それほど安穏とはしていられないのだが…。

【12月5日】

質疑・一般質問を2日後に控え、この日は再質問などで活用する資料集めに時間を費やす。
真岡市は、当初の予測よりも5年早いペースで人口減少が進んでいるが、その理由を『真岡市には仕事がないから』という“仮説”に基づきハローワーク真岡でお話を伺った。
しかし、ハローワーク真岡管内の有効求人倍率は、就業地別の値で約1.20倍なのだという。
それを業種別で見ると、『サービス職』で1.29倍、『運輸・機械運転職』で1.50倍、『専門・技術職』で2.60倍、『建設職』にいたっては4.42倍となっている。
意外な感じもするが、数字を見る限り『真岡市には仕事がある』し、業種によっては“超売り手市場”なのである。
ただし、昨年度の法人市民税額(約11億4000万円)を見ると、真岡市内の企業が好景気という訳でもない。
そこから見えてくるのは、真岡市の労働市場において、人口減少の影響が顕在化しているという現実だ。
加えて、先ほど触れた有効求人倍率も、業種によって『販売・営業職』が0.74倍、『事務職』が0.36倍、『労務職』が0.17倍と、極端なまでの雇用のミスマッチが発生していることが分かる。
つまり、市民の目線では『就きたい仕事が真岡市にない』ということであり、企業の目線では『求人を出しているのに人が集まらない』という状況なのである。
この状況を放置すると、昨今の急速な人口流失がとどまらないだけでなく、市内企業の流失も招きかねない。
まさに、真岡市の定住人口確保に向けた取り組みは“待ったなし”なのである。

【12月2日】

朗読ボランティア『ひばりの会』の活動で、子ども発達支援センターひまわり園を訪問。
通園している子ども達とクリスマス会を楽しむ。
私は、サンタクロースに変装して、会から子ども達に用意したプレゼントを渡す係をやらせていただいていた。
この施設は、かつて中村小学校の旧長田分校跡を活用して運営されていた。しかし、建物の老朽化が著しく、特に冬の寒さ対策は大きな課題となっていた。
その後、紆余曲折を経て現在地(旧・コンピュータカレッジ跡地)に移転したのは今から4年前。
今もこの施設に来ると、一般質問で何度も取り上げたことや、市長室に保護者の代表と“直談判”に及んだ時のことを思い出す。自分にとっては、議員活動の原点のような場所である。

12月議会