【3月31日】

真岡小学校の東側にある水辺公園で行われた『行屋川桜まつり』の点灯式に出席。
午後6時、来賓の代表によるテープカットの後、会場一帯の提灯にあかりが灯された。

この点灯式は、真岡市の『1万本桜まつり』の一環として毎年行われている。いよいよ花見のシーズンが到来した。
ただし、春先に寒い日が続いたためか、今年の桜は開花が遅く、会場の桜はまだつぼみの状態(この時期に満開を迎える年もあるのですが)。。。
ちょうど小・中学校の入学式(4月の10日~11日)が見ごろになりそう。

【3月26日】

この日の午前中、地元・大谷地区の総会が行われ、ご挨拶をさせていただいた。

この大谷地区では、夏まつり、冬まつりをはじめ、生涯学習に関する様々な事業、さらに『地域共助活動推進事業』などのような近所同士で支え合う取り組みなどが、とても活発に展開されていることは、この地域に住む者の1人として誇りに感じている。

自治会活動と言えば、昨年11月に行われた『清渓セミナー』(全国の議員有志による研修会)で、鹿児島県鹿屋市の柳谷地区の取り組みについて、同地区の公民館長をされている豊重哲郎さんのお話を伺い、大いに刺激を受けたばかり。

私も、より良い地域をつくるために、力を尽くしていかねば…と思う。

【3月25日】

真岡自然観察会の活動で、茂木町の焼森山を訪れた。

この山では、3月中旬から4月上旬にかけてミツマタの群生が見られる。

私も初めてお邪魔したが、ピンポン玉と同じくらいの黄色い花が山の一面に咲いている様子は、まさに壮観の一言!何よりも驚かされたのは、お世辞にも交通の便が良くないこの地域に、県の内外から観光客がひっきりなしに訪れていること。

ミツマタは、紙の原料などとしても知られている。名前の由来は枝が必ず3本に分かれていることからきているらしい。

この地域のミツマタは、旧逆川村(現:茂木町)が戦時中に紙不足を危惧して植えたことが始まりとされている。その後、戦後復興の中でミツマタは人々の記憶から消え失せていた。それが、平成17年に茂木中学校の校舎建設の資材として焼森山の木を間伐したことを契機に、暗かった山の中に光が入り、結果としてミツマタが一気に成長をしたらしい。

地域の魅力・財産というものは、案外地元の人さえ気が付かない場所に眠っているものだということを改めて教えられたような気がする。

【3月21日】

この日告示された高根沢町長選挙で、2期目を目指す現職の加藤公博さんの出陣式にお邪魔した。

現在、私は栃木県内の議員有志による勉強会に参加しているが、加藤町長にはその会の顧問をお願いしており、我々もご指導を仰いできた。

日本全体で人口減少が加速する中にあって、高根沢町は加藤町長のリーダーシップのもと、全国の自治体で最初に『人口ビジョン』を策定し、『人口4万人構想』を打ち出した。

そうした取り組みは、我々も大いに刺激を受けてきたし、自分達の市や町と照らし合わせながら、いつも参考にさせていただいた。

今後ますます活躍が期待されるリーダーなので、この選挙においても必ず勝利をおさめてほしいと願っている。

※26日の投開票の結果、加藤さんは2期目の当選を果たすことができました。

【3月18日】

鬼怒自然公園の野球場で行われた学童野球の大会に、甥っ子2人が選手として出場しており、妻と応援に行く。

プレーをしている子ども達以上に熱いのが保護者の皆さん。メガフォンを叩き、声を張り上げながら懸命の声援を送る。

議員になる前は地元のケーブルテレビ局の社員として、学童野球の実況放送を担当したこともあった(一応…アナウンサーっぽいことをしておりました)ので、このグラウンド全体を包み込む雰囲気が何とも懐かしい。

試合の方は、1-6で甥っ子達が所属するチームは敗れてしまったが、甥っ子がタイムリーヒットを打った時などは、私も妻もまさに狂喜乱舞で…。

【3月17日】

この日、市内各小学校では卒業式が行われ、私は大内中央小学校にお邪魔をさせていただいた。

大内地区には小学校が3校あるが、同地区在住の市議は2人しかいないため、真岡地区の議員が交替で出向くことになっている。

今年度、同校で卒業式を迎えたのは29名の6年生。

この大内中央小学校は、明治7年開校という大変歴史のある学校(当時は『進徳舎』という名称でした)である。そのため、地元の方々にとって『おらが学校』という想いが強く、地域全体で卒業生をお祝いしようという雰囲気がとても伝わってくる。

宮井由美校長は、式辞の中で『努力して成功すると自信が生まれる。たとえ失敗しても経験という財産が生まれる』と、はなむけの言葉を卒業生たちに送っていた。

さて、この日は議長代理で私も祝辞を述べさせていただいたのだが、来賓席で隣に座ったのが、何と中学2~3年時にクラスの担任をしていた先生(大内中学校の教頭として出席)だった。

したがって、いつもとは違った緊張感をともなっての祝辞となった次第。。。

 

【3月14日】

2月定例議会が閉会。今回の定例議会では『平成29年度一般会計予算』をはじめとする39議案が可決した。

このうち、一般会計に計上されていた『まちのお休み処』に対する観光協会への補助金987万1千円について、削除を求める修正動議が自民党議員会から提出され、採決の結果賛成13、反対7で可決された。

私も自民党議員会の修正動議に対して、賛成の立場から討論(賛成討論の内容はこちら)をさせていただいた。

今回の計画では、『まちのお休み処』の運営を観光協会に委ねることになっているが、やはり施設運営については、民間事業者などに対して一般公募の方法を取るべきだったと思う。

また、運営費の根拠についても、来場者や客単価(1日平均30名、客単価を300円程度と設定)を低く見込んでいる一方で、『商品企画アドバイザー』を配置することになっており、整合性・合理性を欠いているように感じた。

アドバイザーを配置するほど力を入れるのであれば、あまりにも数値設定が低すぎるし、その程度の数値設定で良いというのであれば、わざわざアドバイザーまで配置する必要があるのか疑問を抱くのである。

『平成29年度一般会計予算』は、5月に退任する予定の井田市長が編成する最後の予算案ある。それに修正動議が提出され、採択されるというのは、極めて“異例の事態”であると言っていい。

個人的には『市長にとって最後なのだから気持ち良く可決させたい』という思いもあったが、予算の使い道として疑問点が多く、しかも今後何年も継続的に出されるのであれば、議会としてはどうしても慎重にならざるを得ない。

【3月13日】

この日の朝、小学生達に交通安全指導を行う『あいさつボランティア』に参加。

毎週月曜日の担当である私にとって、この日が今年度最後の活動となった。

『おはようございまーす!』と、元気にあいさつをしながら横断歩道を渡っていく子ども達。

1年生から5年生については新年度も会うことができるが、6年生とは今日でお別れになる。

今の6年生が小学校に入学したのは2011年の4月。つまり、東日本大震災直後ということになる。

真岡市の復旧・復興が、彼らの成長とともに歩んできたことを思うと、本当に感慨深いものがある。

【3月11日】

この日は、真岡市民会館で行われた大越絵梨花さんのフルートリサイタルにお邪魔をする。

このリサイタルは、真岡市が今年度からスタートさせた『若手演奏家支援事業コンサート』として開催されたもの。

大越さんは、真岡市出身で『パリ・エコールノルマル音楽院』を優秀な成績で卒業するなど、将来を嘱望されている新進気鋭のフルート奏者。

この日は、クラシックの名曲から、『さくらさくら』や『花は咲く』などおなじみの曲まで、計12曲が披露された。

今後もこうした機会を通じて、真岡市出身の若い演奏家達を地域全体で応援する環境ができればと思う。

【3月10日】

市議会で予算審査特別委員会が開かれた。真岡市議会の場合、当初予算については各常任委員会が分担して審査をした後、慎重を期すため全議員で構成する特別委員会で、再度審査を行っている。

今回私が質疑を行ったのは以下の8項目。

1. 地域情報通信基盤設備費(ケーブルテレビ関連)について

2. 職員研修費について

3. 就職合同面接会事業費について

4. まちなか新設出店にぎわい創出支援事業費について

5. 新産業団地適地調査及び基本構想作成業務委託費について

6. 観光協会補助金について

7. 空き家バンク改修費補助金について

8. 橋梁長寿命化補修詳細設計業務委託費及び

橋梁長寿命化補修工事費について

このうち、観光協会への補助金については、真岡市が木綿会館の前にオープンさせる予定の『まちのお休み処』に関する質疑を行った。

この『まちのお休み処』は、観光で訪れた方々にお茶や甘味を提供する店舗であるが、現在の計画では観光協会に運営を委ねることになっている。その運営に対する補助金が987万1千円に及ぶため、議会内でも疑問の声が上がっている。

『なぜ、民間事業者を公募する形式はとらなかったのか?』『売り上げ見込みの根拠は?』

など、私自身これまで疑問に感じてきたことについて質疑を重ねた。

運営を観光協会に委ねるとした執行部の考えにも一定の筋道は通っていると理解はしたが、それでも、予算の使われ方について(集客数や客単価を低く見込んでいるにも関わらず、商品企画のアドバイザーを配置させることなど)疑問が残ったもの事実。

【3月9日】

私の母校でもある真岡中学校の卒業式に出席。今春、同校で卒業を迎えたのは197名の3年生達(今回の卒業式は70回目の節目でもありました)。

式典の中で強く印象に残ったのは、PTA会長である笠原正美さんのあいさつ。

間もなく東日本大震災から6年が経過することに触れ、津波に襲われた地域などでは子どもの卒業式を祝うことさえできない保護者も数多くいると述べながら、『お父さんやお母さんは、皆さんが元気でいてくれることが何よりも嬉しいということを忘れないでください』と、卒業生達にはなむけの言葉を送っていた。子どもに対して常に温かいまなざしを送る親御さんの心が伝わってくるようで、思わず目頭が熱くなった。

式の最後には、卒業生達による合唱曲(GreeeeNの『遥か』)が披露された。3年間の色々な思い出がこみ上げてくるのか、涙ぐみながら歌う生徒達の姿が目立った。

中学校を巣立つと、自分と異なる進路を歩みはじめる仲間も多くなっていく。それでも、思春期の3年間を一緒に喜び、悩みながら育んできた友情は一生ものだと私は思う。

これから訪れる沢山の人々との出会いはもちろんだが、今まで培ってきた絆も大切に守り続けてほしいと“第42回卒業生”のオッサンは願ってやまない。