平成22年度 真政クラブ・公明 会派行政視察研修

平成22年11月8日〜10日にかけて、中村が所属する会派『真政クラブ・公明』では、大阪府寝屋川市と和泉市へ会は視察研修に赴きました。今回のテーマは(1)小学校の跡地利用と、(2)ふるさと観光推進事業でした。

大阪府寝屋川市「旧池の里小学校跡地利用に伴う施設整備事業」について

市の沿革

寝屋川市は、寝屋川という川の名前を市の名称としているように、この土地に住む人と「河川」や「水」といった自然環境との調和ある共生という課題に取組んできた歴史をもっています。縄文時代中頃の遺跡からは多くの土器や石器が、出土し、人々の生活の様子をうかがい知ることができます。やがて、近代に入り明治政府は、明治22年町村制を施行し、寝屋川村が成立しました。昭和18年には町となり、続く昭和26年に市制施行し寝屋川市となりました。戦後の経済復興が始まると、市域では昭和30年代後半から人口の増加が始まり、高度経済成長期には、大阪へ勤務する人たちの手頃な住居地として、また、整備されてきた道路交通網を利用した企業の工業用地として利用され、昭和50年には人口25万人を突破するなど住宅都市として大きく変貌を遂げました。平成13年度から10年間のまちづくりの指針として「ふれあいいきいき元気都市寝屋川」を将来像とする「第4次寝屋川市総合計画」を策定しました。さらにまちづくりの基本的な理念と原則を定めた『寝屋川市みんなのまち基本条例』に基づき、市民との協働の輪を広げ、住み続けたいと思える元気都市づくりを進めています。

事業の経緯及び目的について

 全国的に学校規模及び通学区域の見直し等が行なわれている現在、寝屋川市においても少子化に伴う児童・生徒数の減少は大きな課題となっており、小学校においては1つの学年で1学級編制、中学校においては1つの学年で3学級編制となった学校が生じ、1学年あたりの自動・生徒数は全市的に減少傾向にあります。また、高度経済成長期の学校建設ラッシュにより、小学校と中学校の接続等通学区域に「ねじれ」現象が発生し、不自然な通学区域が存在し、地域の教育力が十分に発揮されにくい現状があります。このような中、『第27次寝屋川市校区問題審議会』は寝屋川市教育委員会より「寝屋川市立小・中学校の適正化に問する事項及び配置の適正化に間する事項」について訊問を受けました。本審議会は、以上のような学校の実情等を踏まえ、寝屋川市立小・中学校のより良い教育環境を整備し、学校教育の活性化を図ることを目標として、9回にわたり慎重かつ入念な研究討議を重ねて、寝屋川市を現在のコミュニテーセンターエリア(6地区)に分け、平成20年度の児童・生徒数予測をもとにそれぞれの地域を基本的構想に当てはめ、あらゆる角度から意見を出し合い議論を進め、小・中一貫教育に向けて、小学校2校を統廃合し旧地の里小学校については、これまで地域の核、防災拠点としての役割を果たしてきた経緯を踏まえ * 公共施設としての利用、* 市全体を見渡した中で必要な施設及び地域的に必要な施設としての交流施設とした。

事業の内容について

(社会教育等に係わる施設)
*市の歴史や自然について市民が学習し、次世代に引き継いでいくための施設として埋蔵文化財資料館・自然資料室を整備した。
*社会教育関係団体等の自主活動・ネットワークづぐりのため、団体活動室を整備
*市民の文化活動を展開振興するための多目的室を整備
*福祉関係団体の活動の場、交流の場としての団体活動室の整備
*市民の自主的・自発的なスポーツ活動を振興する為、モデルとしての結合型地域スポーツクラブの組織化をすすめる。その場として、屋内体育館,運動場を活用する。また、運動場については、スポーツ活動の利用時以外は、遊び場として開放する。
(地域的な施設)
*地域活動教室及び高齢者の交流の場となる「いきいき教室」を整備
*旧他の里小学校の歴史・沿革資料等を保存する学校沿革記念室を整備
*旧私立幼稚園の歴史、西小学校に保管していた他3幼稚園の歴史等、の資料を保存し沿革記念館を整備。

事業の特色について

少子高齢化の進展や市民ニーズが多様化する中で、生涯学習や様々な市民活動に対する市民の意欲が高まっている。この様な市民ニーズに応え、生涯学習を推進し、市民活動を更に活発化していくために社会教育施設となっている。
利用状況は年々増加傾向であり、主に趣味や陶芸、ダンス教室を含めコミュニティー関係の利用が多い。

事業の効果及び今後の課題について

本施設を利用する市民による自主的・自発的な文化活動やスポーツ活動の推進が図られるようになった。本施設へのアクセスが悪い為、利用者は増加傾向にあるものの、利用者が本施設周辺の市民にかたよっている傾向にある。また、市広報詰、ホームページなどの媒体においてPRを実施しているが、まだまだ知名度が低くさらなるPRを実施する必要があるとのことでした。ただし、この池の里市民交流センターには文化スポーツ振興課が設置されており、職員が常駐しております。
真岡市を考えた場合、合併により生じた旧二宮町の高田分校・長沼北小学校、それに加えて廃校が予定されている真岡コンピュータースクールがあります。
今回の池の里市民交流センターの例をあげれば職員が常駐していることと、センターの廻りは住宅地であるとの条件と比べて、学校跡地が田圃、畑地の中にあり交通のアクセスが悪い真岡市とでは、一言では比較できない問題があるのは確かであります。そのうえ合併により2つの行政体の同様の施設が、余分となっており、職員を配置することにも利用状況を予想した場合、問題があります。しかし、これも決して解決できない問題ではなく、生涯学習の一層の振興を図るとともに市の歴史や自然を次世代に引き継ぐ、また学校跡地なので体育館や運動場を利用し地域のスポーツ活動の拠点として、一層のスポーツの振興を図り、あわせて市民の自主的な学習活動の場、地域活動の場、高齢者の交流の場として施設を総合的に有効利用する方法を生み出し、新しい真岡の「まちづくり」にまい進すべきであります。

大阪府和泉市「ふるさと観光推進事業」について

市勢

大阪府南部に位置する南北に細長い市域(東西6.9km、南北18.8km)で、面積は84.98平方km、北は堺市、高石市に、西は泉大津市、岸和田市、忠岡町に、東は河内長野市、南は和歌山県に校している。地形は南高北低で、南部には和泉山脈が連なり、中部・北部は丘陵、平地が広がっている。
奈良時代、「和泉の国」の政治を司る国府が、現在の府中町に置かれ、平安時代には熊野街の参街道である熊野街道が木市を通り「蟻の熊野街」と言われるほどの賑わいを見せ、今もなお「小栗街道」として当時の面影を残している。
江戸時代には幕府の天領や伯大藩領となり特産の「和泉木綿」や農業の発展によりめざましい復興を遂げ、明治初年の62村から明治22年にはと町村制施行により12か村に合併、綿織物やみかんづくりなどの農業で栄えた。昭和31年9月1目、当時の和泉町と北池田、南池田、北松尾、南松尾、横山、南横山の1町6か村が合併、人口約5万人の市として第一歩を踏み出し、昭和35年にはハ坂町、信大村を編入、現在の市域を形成しました。平成7年4月に「和泉中央駅」の開業と「桃山学院大学」の開校を実現し、平成10年に人口17万人を突破し、「和泉中央丘陵整備事業」、「和泉市和泉コスモポリス土地区画整理事業(テクノステージ和泉)」、「和泉府中駅前再開発事業」等の大プロジェクトが進行しつつある。

事業の目的

低迷する市内商店街・市場・小売商店への消費促進を図るとともに、市民にふるさと和泉市をもっと知ってもらい、愛着をもってもらう機会づくりとして実施するもの。

事業内容及び所見

この事業は、平成12年度より(財)和泉市産業観光振興会と和泉商工会議所、和泉市商店連合会が主体となって行われている。
市内商店街・市場・小売商店の利用者に対して、合同大売出しを実施、3000円お買い上げ毎に1回の「ガラポン抽選」を行い、当選者800名(ペア400組)を豪華行楽弁当付のバス‥ツアーにて、和泉市内名所史跡へ招待し、等外として100円相当の商品を各商店街にて手配し、観光推進およびしない商店街利用での消費促進を図る。事業実施より9年目となり‥・息の長い事業となっている。
 総予算額1,260万円であり、当初、事業がスタートした時は、市内商店街数が16商店街、事業予算が2,100万円、招待音数が1,200名あったが、現在は減少して800名となっている。今後、事業内容についての検討が必要で、観光先の据り起こしや体験型観光導入、市外との観光交流事業の調整が必要である。事業に対する商店街の熱意が徐々に薄れてきている感がある‥・との事である。
 本市においては、市内商店街の空洞化や売り上げの減少が問題となっておりまた、観光についても有効な推進策が見いだせずにいる。2つを結び合わせた和泉市の取り組みは、評価したい。参考の一つとして、真岡市に合った施策を考えていきたい。