【2月16日】

ここ数日間、2月定例議会で行う一般質問の原稿作成を進めている。
今回は、真岡市が今後推し進める雇用政策・産業政策を中心に質問をしたいと思っている。

『2011年度に、アメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、
大学卒業時に、今は存在していない職業に就くだろう』

キャシー・デビッドソン氏(ニューヨーク市立大学教授)の予測

『10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業において、
人工知能やロボットなどに代替することが可能である』

マイケル・オズボーン氏(オックスフォード大学准教授)などの予測

そうした予測がある中で、果たして真岡市が今進めようとしている政策は適切なのか。特に、新年度の予算案に計上されている『新産業団地整備事業』が、将来の真岡市にとって“雇用の受け皿”になり得るのか。
幸い、昨年から今年にかけて視察をした静岡県富士市や徳島県神山町でも、今まで自分が抱えてきた疑問を考える上で、様々なヒントを得ることができた。
そうしたものも活かしながら、執行部と(対立ではなく)議論を深めていければいいなと思っている。

【2月14日】

この日の午後、市議会の議員有志で『平成30年度当初予算』について合同で勉強会を行った。
真岡市の新年度予算案については、今月9日に執行部から内示があったばかりである。

しかし、今回は石坂市長が就任して初めて編成された予算案で、新規事業もこれまでになく数多く盛り込まれている。
この勉強会では、企画課の職員から説明を受けたが、詳しく話を聞いてみると、予算内示の時点で私自身が抱いていたイメージと異なる事業内容も少なくなかった。
さらに、改めて説明を受けたことによって浮かび上がってきた疑問点もいくつかあり、2月定例議会を前にした“予習”としては、とても有意義だったと思う。

【2月12日】

明治大学雄辯部の後輩である釘島良蔵君の結婚披露パーティーが東京都内で行われ、私もお邪魔をする。
私にとって釘島君は6学年下の後輩で、現在は熊本県内で銀行マンとして活躍している。
私が会社勤めをしていた頃、雄辯部主催の弁論大会で審査員をさせていただいたことがあり、その時に大会運営の責任者をしていたのが釘島君だった。
その後も、私の選挙の手伝いに来てくれたり、同じ時期に一緒に大学院へ通ったり、交流がずっと続いていた。

写真は、明治大学應援團のOBが釘島夫妻のために演武を披露しているところ。

周囲の友人・知人を本当に大切にする奴で、この日のパーティーにも学校や以前勤めていた勤務先などで、彼と関わりを持った人々が世代を問わず大勢集まっていたのが印象的だった。

【2月11日】

この日、真岡市の市民活動推進センター(コラボーレもおか)の開設10周年記念式典が、生涯学習館で行われた。
同センターは、市民活動に対する情報収集・提供、その他様々な相談業務を行うことを目的として、平成20年1月にオープンした。
私自身、市民活動推進センターの開設については、初当選直後から議会の中で必要性を訴え続けた施策だった。当時は、執行部になかなかご理解いただけず、開設までに4年の月日を要した。
10年経過し、現在同センターには登録団体が221もあるということを聞くと、本当に感慨深いものがある。

この日の記念事業では、コラボーレもおかの元スタッフで、現在は宇都宮大学で特任助教をされている土崎雄祐氏をコーディネーターとして、市内外の市民活動団体の代表者を招いてのパネルディスカッションが行われた。

その後、『とちぎ市民協働研究会』の代表理事である廣瀬隆人氏の講演も行われた。

廣瀬氏は、超高齢社会や人口減少社会の本格的に到来している中で、市民活動団体の置かれている現状や課題について触れながら、コラボーレもおかのような中間支援組織が果たす役割が一層大きくなると述べていた。

個人的には、広瀬氏がコラボーレもおかの開設前後に『NPOま・わ・た』(コラボーレもおかの運営団体)で理事長をされている飯野滋生さんにアドバイスをした際のエピソードや、開設当初のセンター長だった永島一彦さんについての思い出話を披露されていたのが、最も強く印象に残った。
『困ったことがあれば永嶋に聞け』というくらい、永島センター長は、ボランティア活動をする市民にとって本当に頼りになり、その行動力や情報収集力には誰もが驚かされていた。市民に寄り添いながら、日夜奮闘されていた姿が思い出される。
残念ながら、2011年秋に亡くなられたが、もしもお元気ならば58~9歳。市の幹部職員の1人としてご活躍されていたに違いない。
開設当初のスタッフや各団体の方々の熱い想いが、今日のセンターの姿を創っているのだと、講演を聴きながら改めて感じた。

【2月9日】

この日、平成30年度当初予算案について、執行部から市議会に対して内示が行われた。

市長からの発表では、一般会計が332億円(今年度比2.8%増)、特別会計が184億4642万4千円(今年度比7.0%減)、水道事業会計が23億6407万2千円(今年度比4.0%増)となり、平成30年度当初予算の合計は540億1049万6千円(今年度比0.7%減)とのこと。

石坂市長就任後、初となる予算編成。ちなみに、一般会計の332億円は、これまでで最大の額となった。
教育現場におけるICTの活用や、UIJターンの促進事業、病児保育の実施や保育士の確保策などのように、市長が選挙時に公として掲げた政策が並び“石坂カラー”が色濃く表れた予算内容となった。
個人的には、これまで訴えてきた起業家の支援策や、学校図書館の専任司書を中学校に配置させることなどが盛り込まれ、高く評価したいと思っている。

その一方で『新産業団地整備事業』といった、将来を考えると慎重な議論が必要な施策も並んでおり、その辺りの疑問点については、しっかりと議会の場でただしていきたいと思っている。

【2月6日~8日】

市議会の無会派議員と公明クラブの合同で視察研修を行い、徳島県神山町と愛媛県松山市を訪れた。
今回のテーマは、①起業家支援・UIJターン促進、②歩いて暮らせるまちづくり、さらに現場視察として③ごみの最終処分場から発生する副生塩のリサイクルの3つだった。

(神山町)
同町は、かつて林業が盛んで約2万人の人口を有していたが、現在は約6000人。
典型的な過疎地域とも思えるこの町に、都市部の企業のサテライトオフィスや、Iターン・Jターンの起業家などが町にやってくるようになったのは、2010年頃からのこと。

神山町の取り組みは、以前から様々なTV番組などでも紹介され、私もその都度『なぜ、この町に?』と思っていたが、きっかけは意外にも早く、90年代初頭からあったようだ。

この町におけるキーマンとして、現在NPO法人グリーンバレーで理事長を務める大南信也氏が挙げられるが、1990年に彼が小学校のPTA役員を務めていた際、仲間達と国際交流事業(昭和初期にアメリカからプレゼントされた人形の里帰り事業)を推し進めた。
その後、彼らは町に『国際交流協会』を立ち上げたのだが、当時、徳島県が『とくしま国際文化村構想』というプロジェクトをはじめ、国際交流協会もそれに関連した取り組みを行うことにした。それが『神山アーティストレジデンス』。国内外の若手芸術家に、一定期間町内に滞在させ、自身の作品を作り上げるというもの。

これを契機として、その後

(1)アーティストレジデンスに参加した芸術家の何人かが神山町へ移住
           ↓
(2)芸術家の知人である建築家やウェブデザイナーが神山町に興味を抱く
           ↓
(3)建築家やウェブデザイナーの情報発信により会社経営者や起業家も興味を抱く

という流れになり、神山町の今日の姿になったようだ。

今後、真岡市において起業家への支援を考える上で参考になったのは、
① 神山町を拠点としているウェブデザイナーが、移住を検討している人々の目線にたって、情報発信(ウェブサイト『イン神山』など)を行っている
② 『神山塾』などを通じて、移住希望者に対して切れ目のない創業支援事業を続けている
③ NPO法人グリーンバレーのスタッフなど町の関係者が、移住者に対して徹底したフォローを行っている

実を言うと、情報発信や創業支援事業については、どこの自治体でも取り組まれているものである。しかし、移住者に対する相談支援体制がどこまで機能しているか。単純なことであるが、それによって自治体間で大きな差が生まれるということを痛感した。

(松山市その1)
同市は、四国では初の50万人都市である。
市の発展とともに、都市機能が拡大・拡散してきたが、中心市街地の空洞化や少子・高齢化などの課題を克服する必要性から、コンパクトシティの形成へとまちづくりの方針を転換するようになった。
取り組んだテーマは、安全・快適で歩いて暮らせるバリアフリーのまちづくり。

国土交通省の『歩いて暮らせるまちづくり推進事業』や『まちづくり交付金』の制度を活用しながら、ロープウェイ街(平成14~18年)、道後温泉(平成18~20)、花園町(平成26~29年)という3つのエリアの都市再生を手掛けてきた。
注目すべきは、その徹底ぶりだと思う。
『歩道のバリアフリー化』などは、全国各地で取り組まれていると思うが、例えばロープウェイ街(山の上にある松山城に行くための交通手段)では、バリアフリー化だけでなく、歩道の拡張と車道の縮小(一方通行化)、さらに大型バス駐車場をロープウェイ乗り場から離れた場所に移転するなどして、歩行者が歩きやすい地域を作り上げたのである。

『そんなことをして、商店主達の反対はなかったのか?』という疑問が生じる(未整備地域での合意形成は、その辺りも今後問題になってくるとは思いますが)。
しかし、これまでロープウェイを利用し、松山城を見るだけで帰ってしまっていた観光客が、遠く離された駐車場から、歩きやすくなった商店街を散策するという流れをつくったことにより、観光客の滞在時間が増え、商店街の活性化にも繋がっているという。
『中心市街地の活性化』が叫ばれて久しい。しかし、それを本気で実現するのであれば『歩行者が歩きやすいまちづくり』、誤解を恐れずに言い換えれば『自動車が通行しにくいまちづくり』という考え方が必要なのかも知れない。

(松山市その2)
松山市役所で『歩いて暮らせるまちづくり』について説明を受けた後、現場視察として同市のごみ最終処分場である横谷埋立センターへ。
以前から環境保全を推し進めてきた同市は、ごみ減量についても力を入れ、平成15年度には28000tも最終処分場に持ち込まれたごみが、27年度には8400tまで減少(約7割減)している。
横谷埋立センターの埋立年度も、当初計画では今年度で終わる予定だったが、あと23年間も利用可能(!)になったらしい。

これには、ごみ減量化とともに焼却ゴミのスラグ化できるようになったことも大きな要因なのだが、そのスラグ化によって、塩化物イオンやカルシウムイオンが、以前と比べて高い濃度で雨水を通じて溶出するようになり、関係者もその対応に頭を悩ませてきた。
そうした中、福岡大学の研究グループによって、ごみの最終処分場から出る塩分を、下水処理場において消毒剤(エコ次亜)とする技術が開発され、松山市では全国で初めてそれを活用するに至った。

本格運用は平成29年の4月から。これに伴う初期経費は、最終処分場が約7億5000万円、下水処理場で1億1500万円。それに対して、エコ次亜の活用による下水処理の経費削減は約9000万円とのこと。

大きなトラブルなどが発生しなければ、10年程度で元が取れる計算である。ただし、これが芳賀郡市の人口規模(約15万人)でも同様の効果が得られるのかについては、より慎重に調査する必要があると感じた。

【2月4日】

この日は『中村かずひこ通信第59号』の発行日だった。
朝、近所のスーパーに妻と出かけたら(日曜日はタイムセールがありまして…)、何人かの方から『中村通信、いつも読んでいるよ~』とお声をかけられる。本当にありがたい限り。
毎回、編集作業に悩まされてはいるが、こうした皆様からの励ましがあるからこそ、発行が続けられている。

その後、栃木県庁の講堂で行われた『脳脊髄液減少症に関する医療講演会』に参加する。

脳脊髄液減少症については、私も10年ほど前に患者の方と知り合い、議会で訴えてきた課題。交通事故やスポーツの事故などで、頭や全身への強い衝撃を受けた際、硬膜から髄液が漏れ、首や頭の痛み、目まい、吐き気、気力低下などの症状があらわれる病気。
昨年度から、この病気の代表的な治療法であるブラッドパッチ療法が、保険適用となったため、県民に普及啓発を呼び掛けるため、今回の講演会が県主催で開かれた。

講師を務めたのは、脳脊髄液減少症の研究と治療の第一人者である、国際医療福祉大学熱海病院の篠永正道教授。
質疑応答の時間になって驚かされたのは、この病気に悩んでいる方々が想像以上に多いということ。適切な治療をなかなか行うことができず、すがる思いで会場に足を運んだという方が、参加者の中の多くを占めていた。
その一方で、これまで栃木県内では、脳脊髄液減少症の治療を行える医療機関がほとんどなかったと言われている。そうした中、この治療に前向きに挑んでいるという医師の方々も見られ、その点については本当に心強く感じた。

【2月3日】

市立図書館で行われた『八月の会』主催の、『今、次世代に伝えたいこと』に参加。
『八月の会』は、戦後60年を迎えた平成17年に結成され、戦争の悲惨さや平和の尊さを語り継ぐため、戦争経験者による講演などの事業を続けている。

今回のイベントでは、冒頭に真岡女子高校の放送部の皆さんによる朗読劇『火垂るの墓』が披露された。

部員の皆さんは、勉強や部活動の忙しい合間をぬって、朗読劇の練習を1ヶ月以上続けてきたらしい。物語の主人公である清太と節子の兄妹をはじめ、1人1人の登場人物が見事に演じられていて、聴いていた我々も惹きつけられた。
その後の講演では、市内在住の小野田玲子さんに、ご自身が幼い頃に神奈川県横浜市で経験された空襲についてお話を伺った。
今回のイベントで、最も素晴らしいと思ったのは、真岡女子高校の放送部の皆さんが参加してくれたおかげで、講師の小野田さんや『八月の会』のメンバーと世代間交流が図られたこと。
平和の尊さを次世代に語り継いでいくには、こうした地道な努力を可能な限り繰り返していくしかないのだと、その光景を見て改めて感じた。

【2月2日】

真岡中学校の立志式に出席。議長の代理として、祝辞を述べさせていただいた。
今年、同校では203名の2年生が立志式を迎えた。
ここ数年間特に感じることだが、保護者席を見渡していると、私の同級生が座っている様子があちこちで目に入る。
『あの時に生まれたお子さんが、もう立志式か…』そんなことを思うと、時の流れの早さを感じずにはいられない。
式典では、立志者代表による感想文の発表が行われた。『世界のベストイレブンになるようなサッカーの選手になりたい』、『医療関係の仕事に従事したい』中学生達が、自分の将来をしっかりと見据え、努力を積み重ねている様子は何とも頼もしい。
最近は、市内の事業所などで職場体験を行う『マイチャレンジ事業』を、立志式の前に行っていることもあり、私達の時と比べると、より具体的に将来の夢を考えている生徒が多いように感じる。
写真は、式典の最後に行われた立志者による合唱(曲名は『旅立ちの時~Asian Dream Song~』)の様子。

【1月30日~31日】

『関東若手市議会議員の会』の役員会と公式研修が、千葉県柏市と流山市を会場に開催された。
スケジュールは以下の通り。

30日
10:30~ 関東役員会
13:15~15:00 研修①『プログラミング教育体験講座』
15:15~17:00 研修②『柏市のオンデマンド交通について』
31日
10:00~11:00 研修③『流山市 キッコーマンアリーナ視察』

関東地方1都7県の若手議員によって構成される『関東若手市議会議員の会』の公式研修が開催されるのは、昨年10月に栃木県内で行われて以来(各市の定例議会の合間をぬって開催されます)。
今回の研修では、柏市の旧沼南町のエリアで取り組まれているオンデマンド交通についての説明や、一昨年4月に新たにオープンした流山市の総合体育館(キッコーマンアリーナ)の視察などがあったが、特に印象に残ったのは、柏市が取り組んでいる『プログラミング教育』について。
2020年度以降に施行される新学習指導要領に合わせて『プログラミング教育』が必修化される。
『今後10~20年の間に、日本の労働人口の約49%が就いている職業で、人工知能やロボットなどに代替される可能性がある』、『現在の中学生が40代となる2045年頃には、人工知能が人間の能力を超えるまでになる』といった予測がある中で、それらを理論的にも、実践的にも使いこなす能力が求められてくるようになる。
柏市では、昭和60年代からプログラミング教育に力を入れている小学校があり、今年度からは他に先んじて、全小学校で導入している。
今回、私達が体験したのは『Scratch(スクラッチ)』というプログラム。画面上にいるキャラクターに、様々な命令を組み合わせて、自分の思う様な動きをさせていくというもの。
今回実際に体験をしてみて、パソコンを前に慣れない作業の連続で四苦八苦したが、専門家の指導を受けながら、楽しく学ぶことができた。
ただし『プログラミング教育』をスムーズに実施していくためには、先生方の研修や学部の専門家の活用法など、真岡市としてもやるべきことが山積していることを痛感した。
また、子ども達が『プログラミング教育』を有意義なものと感じるためには、論理的な思考力が不可欠であり、真岡市でも最近力を入れるようになった読書指導の充実化などについても、一層加速していかねばならないと思った次第。
なお、2日間の研修後『関東若手市議会議員の会』の神山玄太会長(山梨県甲府市議)をはじめ議員有志で、柏の葉アーバンデザインセンターを訪問。
現在、公・民・学の連携で取り組んでいる、つくばエキスプレスの柏の葉キャンパス駅周辺のまちづくりについて視察を行った。

【1月27日】

東京都のJR有楽町駅前で行われた『もおかいちごフェスタin有楽町』に参加。
このイベントは、真岡市がいちごの生産量が日本一であることを、都市部にお住いの方々にPRを図るため、今回初めて開催されたもの。
この日、約1000人分用意されたプレゼント用のいちごパック(2粒入り)には長蛇の列ができた。
そのほかに、とちおとめやスカイベリーの即売会や、ロールケーキなどのいちご関連商品を扱った特設コーナーにも多くの人が詰めかけ、売り切れになる商品も相次いだ(早々にいちごが売り切れになったのは『もったいないな…』と率直に感じましたが)。
議会の有志も、ビラ配りや売り子としてお手伝い。東京の方と直接話をしてみて、真岡市の存在を知っている方が想像以上に多かったのには驚いたが、真岡市のいちごの生産量が日本一であることを知っている人は皆無に等しく、PR不足であることを痛感した次第。

【1月25日】

この日の夜、真岡落語研究会の活動で、お隣の茨城県筑西市へ。
年が明けてからというもの、1月12日に矢板市の『デイサービスセンターやしお』で行われた落語会に出演以降、市内外の様々な団体からお声かけをいただき(1月だけでも、12日、14日、16日、18日、20日、21日、25日、28日に出演)、『えっ、何でこんなに多いの?』と、私達も嬉しさを通り越して、いささか戸惑い気味。。。
この日の活動は、下館商工会議所青年部の例会で『落語を聴く会』が開催され、出演をさせていただく。今回は『仕事』をテーマにした落語会で、私は持ちネタの1つである『代書屋』を披露した。
実は、同青年部で来年度会長予定者となっているのが、真岡高校の落語同好会の後輩である桑原務。そのようなご縁があって、今回お声かけをいただいたような次第。
彼は、一昨年行われた『第14回ビジネスプランコンテスト』(日本商工会議所青年部主催)で、見事グランプリに輝いている。後輩の頑張っている姿は、私にとっても大きな励みである。