【1月21日】

亀山小学校4年生の飯沼晃太くんの告別式に参列する。

飯沼くんは、平成22年2月に学校給食で出された白玉団子に喉を詰まらせて、それ以来彼の意識が戻ることはなかった。しかし、彼がこの3年間、東日本大震災などの困難な状況に置かれても命のともしびを燃やし続けていた姿は、周囲にいた我々にもたくさんの教訓を与えてくれた。

飯沼くんのご両親とは、共通の知人を介して事故発生直後に知り合いになり、私もこの問題に関わるようになった。日々の仕事に追われながらも、晃太くんの介護を続け、さらに学校内における事故の再発防止のため様々な場所での運動も続けてこられた。

そうしたご両親の懸命の努力によって、ようやく行政側も第三者委員会を立ち上げる準備を進めるなど、ここへきて重い腰を上げようとしていた矢先だった。それだけにご両親をはじめとする関係者の落胆ぶりは察して余りあるものがある(第三者委員会などの取り組みは晃太くんの死後も重要なことなどで、行政の動きはチェックしていきます)。私自身も『議員として他にもできることはあったのではないか』『もっと迅速に物事を進められなかったか』という反省と後悔の念だけがこみあげてくる。合掌。