【12月31日】

27日に亡くなられた菊地恒三郎・元市長の告別式に参列する。

昭和56年から平成13年まで5期20年の長きにわたって、真岡市のトップとしてご活躍された。我々の年代では『市長さん』というと、菊地さんの顔を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。

元教員という経歴から“教育日本一のまち”を市政の目標として掲げ、教育環境の整備など20年間に残した功績は枚挙にいとまがない(この言葉はこういう人にこそ使うべきなのでしょう)。無論“ワンマン”と揶揄され、誰の目にも暴走気味に映った任期後半の部分についての批判も忘れてはならないだろうが…。

個人的に思い出されるのは、私が大学4年生の時。卒論の取材で(“終戦直後からの青年団活動”がテーマでした)、元大内村の青年団長として活動された当時のことについてお話をうかがったこと。村を二分した中学校建設問題や、国に負担する供出米の見直しなど、青年活動の中で関わった話を熱っぽくされて、当初1時間だった取材予定が結局2時間を超えることになってしまったことが、今となっては懐かしく思い出される。合掌。