【5月23日】

この日の午前中、市民会館で『戦没者追悼式』が行われた。

この追悼式は、戊辰戦争以後、現在の真岡市を構成する地域の出身・在住で戦死した1973柱を慰霊するもの。

令和に時代に入って最初の追悼式には、遺族をはじめとする関係者が約300人集まった。

また、今回の追悼式では、真岡市民合唱団の皆さんが献唱を行い、『故郷』や『朧月夜』など計5曲を披露した。

真岡市では、2年前まで5地区(真岡、山前、大内、中村、二宮)において、それぞれ『戦没者慰霊祭』を行ってきたが、昨年から合同で開催されることになった。それだけ戦没者遺族の減少や高齢化が進んできたことを物語っている。

『記憶の風化』が、これまで以上に懸念される中で、いかにして平和の大切さ、戦争の悲惨さを後世に語り継いでいくか、非常に大きな課題である。

 

【5月21日】

この日は、市議会議員の任期満了に伴う感謝状贈呈式が市役所で執り行われ、平成27年から4年間の任期を満了した議員1人1人に、石坂市長から感謝状が手渡された。

 

【5月16日】

二宮コミュニティセンターで開催された『真岡市知的障がい者育成会』が主催する研修会にお邪魔させていただいた。

同会は、知的障がい者のご家族が中心となって活動をしており、定期的に集まって情報交換をするとともに、専門家を招いての講演会なども開催している。

今回の研修会では、栃木県内で数多くの福祉施設を運営している社会福祉法人『同愛会』の菊地達美理事長をお招きして、『親なき後に向けて、親あるあいだの準備』と題した講演が行われた。

障がい者が、親なき後も地域の中で安心して暮らしていけるよう環境整備をいかにして進めていくか。これは、全国の自治体にとって共通の課題と言える。

特に、真岡市の場合はグループホームなど、住居の整備が大変遅れている。

そうした中で、県内各地で福祉施設を運営し、高い評価を受けている菊地理事長から、現在の県内の状況や今後起こりうる課題について指摘を受けたことは非常に有意義だった。

 

【5月15日】

臨時議会が行われ、新しい議長には星野守議員(4期)、副議長には渡邉隆議員(3期)が選出されたほか、議会の主だった人事が決定した。

所属会派『もおか新時代』のメンバーとなった同僚議員も、それぞれ常任委員会の委員長や副委員長に就き、これまでの経験を踏まえながら活躍してもらえるものと信じている。

私は、総務常任委員会と議会運営委員会に所属するほか、表彰審査委員会の委員を務めることとなった。

昨年度、議長を務めさせていただき(任期満了の4月29日で退任となりました)、同僚議員達と議会の活性化に取り組んできたが、新たに就任した正副議長に協力をしていきながら、その流れを一層加速させていきたい。

新しい議会人事はこちらから。

議会構成名簿(H31.05.15〜)

【5月10日】

明治大学公共政策大学院で教鞭をとり、この3月末で退職された山下茂教授の慰労会が東京都内で行われ、私もお邪魔をさせていただいた。

私が大学院に通っていたのは、2005年から2008年の期間。その中で、山下先生の地方自治制度の国際比較に関する授業も受講していた。

ちょうど二宮町と市町合併の議論が進められて時期と重なる。先生から欧米の自治制度に詳しく教えていただいたことで『自治体のあるべき姿とは?』ということについて、自分の視野がとても広がったと思っている。

山下先生は旧自治省の官僚で、平成4〜5年度には栃木県の総務部長も務められていた方。

自分にとって一番の思い出は、修士論文を提出した後の面接。

私を担当したのが山下先生で、その際『およそ論文の体はなしていないが、読み物としては面白かった』という評価を受けた。

先生からの『およそ論文の体はなしていない…』という前段の厳しい指摘はあまり耳に入らず、どういう訳か『読み物としては面白い…』という後段の部分だけが私の記憶に残ってしまい、『俺には文才がある!』という大いなる勘違いをしながら、私の議員生活は今日に至っている。

【5月7日】

この日、真岡市議会では、各議員が所属する『会派』の結成届の提出期限を迎えた。

私は3名の議員(池上正美議員、春山則子議員、七海朱美議員)とともに、新しい会派『もおか新時代』を結成。その代表も務めることになった。

令和という新しい時代にふさわしい会派運営、ひいては議会活性化にも寄与していくことができれば…。そんな願いを込めて会派名を決めた。

改選前の4年間、私は無会派で活動を続けてきた。何にも縛られず、執行部に対してもニュートラルな立場で意見が言えるというメリットがある一方で、自分が掲げた政策を実現させていくためには、色々と制約があることを実感した4年間だった。

今回『一緒にやりませんか?』と、何度も私に声をかけてくれた同僚議員には心から感謝をしている。

それぞれ支持政党も異なる議員の集団であるが、お互いの政策を実現するために切磋琢磨し、議論を重ね、協力しあっていきたい。

【5月1日】

いよいよ令和の時代が幕を開ける。

4月27日から始まった10連休の真っ只中。巷は非常にノンビリとしたムードが漂っている(昭和から平成に替わった時と随分違います)。

こちらは、選挙の残務処理に追われる日々で、前の日も慌ただしさの中で『平成最後の1日』を過ごし『何ともあっけなくものだなぁ』と、少し寂しい気持ちになっていた。

それでも夕方の『退位礼正殿の儀』の様子をTVで見ることができ、ようやく新時代の到来を実感できたように思う。

どうか令和の時代が、平成を超える素晴らしい時代でありますように…。

【4月28日】

この日の午前中、宇都宮市の護国神社で行われた栃木県戦没者合同慰霊祭に出席。

これが議長としての最後の公務となる。

この慰霊祭は、戊申戦争以降、国のために命を捧げられた栃木県関係の英霊5万5361柱を祀るもので、毎年4月28日に行われている。

福田富一知事をはじめとする来賓、さらに県内各地から数多くの遺族が出席し、英霊の安らかなることを祈り、平和への誓いを新たにした。

【4月27日】

この日、真岡木綿会館のリニューアルオープン記念式典に出席した。

 

 

 

 

 

かつて、江戸市中で取り引きされた6割が真岡産であったというほど、真岡木綿は隆盛を極めた。

明治時代以降は衰退したものの、昭和61年に真岡商工会議所などが中心となり復興を図り、現在の真岡木綿会館が開館したのは平成20年のこと。木綿の生産工程の見学のほか、機織りや染色体験ができ、観光客から人気を博していた。

今回のリニューアルでは、真岡木綿の製品や特産品を販売するスペースができたほか、屋外にウッドデッキやテーブルセットも設置され、これまで以上に真岡木綿を身近に感じられる空間が誕生した。

また、真岡木綿の新製品の中には、地元の高校生達のアイデアによって生まれたものもあり、これから注目を集めそうだ。

この施設を核として、真岡市の観光振興が一層図られることを願っている。

【4月23日】

この日から本格的に議長公務が再開。

午前中に『市職員OB友の会』の総会に出席した後、午後からは『農業再生協議会』の総会へ。

来賓としてスピーチをしていると『まだお前が議長なの?』と、キョトンとした表情をする方も(こちらが勝手にそう思ってしまうのかも知れませんが)少なくない。

実は、今月29日までが改選前の議員の任期であるため、選挙後も議長としての公務が立て込んでいる。

『立つ鳥跡を濁さず』

任期終了まで、議長としての務めをしっかりと果たしていきたい。

【4月14日~21日】

7日間にわたって真岡市議選が行われた。私にとって5回目の選挙戦。定数21に対して23人が立候補。“少数激戦”の戦いとなった。

この選挙で、私が掲げたテーマは『2040年 輝く未来であるために―今、まちづくりをモデルチェンジ―』。

『”2040年”にはどういう意味が込められているのか?』と、多くの方々からご質問を受けた。

今から21年後の2040年は『第2次ベビーブーム世代』が一斉に65歳以上となり、高齢者人口がピークを迎える。そうした将来を視野に入れながら、いかにして持続可能な地域づくりを展開させていくのか?それが候補者1人ひとりに問われた今回の選挙戦だったと、私は考えている。

今後、真岡市がどのようなまちづくりを進めていくのか。その方法論とも言える公約が、曖昧な言葉の羅列であってはならない。今回、私は5つの分野、17の政策を『中村的マニフェスト』として掲げた。

選挙期間中、できるだけ多くの方々に私の考えを伝えようと思い、市内約40ヶ所で街頭演説をさせていただいた。

しかし、選挙戦の2日目、15日(月)の午前中、街頭演説の準備を進めていた際、候補者の私が、自分自身の選挙カーと接触するという前代未聞の出来事が…。

幸い、私は病院での検査の結果、肩・ひじの打撲で済んだものの、選挙カーの破損が目立ち、その日の選挙運動は一切控えることに。翌日以降は、選挙カーの修理も済み、運動を再開することとなった。

また、18日(木)には、真岡市内の小中学校で『全国学力・学習状況調査』(小6、中3)、『とちぎっ子学力状況調査』(小4・5、中2)、そして 『真岡市総合学力調査』(小3、中1)が実施された。

そのため、当日は午前8時から午後4時まで、選挙カーによる街宣活動を個人的に自粛させていただき、各学校から一定の距離が保たれた場所でゲリラ的な街頭演説を繰り返した。

さて、中盤戦以降は、県内外から数多くの市議・町議の仲間が応援に駆けつけてくれた。公務の忙しい合間を縫って、応援弁士としてマイクを握ってくれた仲間には心から感謝している。

議員の仲間達だけではない。

この選挙の期間中、多くの方々が手を振ってくれたり、車中からクラクションで声援を送ってくれたり、そうした激励が何よりもありがたかった。

そして、私のことを信じていただき、選挙運動に関わってくれた方々。特に今回は、選挙期間中にも議長公務があり、加えて交通事故にも見舞われるなど、これまで以上にご迷惑、ご心配をおかけした。

改めて、多くの方々の支えと励ましのおかげで進めることができた今回の選挙戦だったと痛感している。

そして迎えた21日の投開票。

結果は2473票を獲得。トップで当選を果たすことができた。

しかも、歴代の真岡市議選で最高記録だった16年前の私の得票(2415票)をも上回ることができた。

大きな喜びとともに、これまで以上に責任の重さを感じている。

1票1票に込められた気持ちを真摯に受け止め、選んでいただいた方々に恥じることのない活動を展開していきたい。

お知らせ(4月18日)

4月18日(木)、真岡市内の小中学校では、
『全国学力・学習状況調査』(小6、中3)
『とちぎっ子学力状況調査』(小4・5、中2)
『真岡市総合学力調査』(小3、中1)が実施されます。

これまで、
子ども達の学力テストの結果等について、
議会内で指摘してきただけでなく、
各学校の先生方や保護者の方々などに対しても、
あれこれと申してきた手前、
18日の午前8時から午後4時まで、
選挙カーによる街宣活動を、
個人的に自粛させていただきたいと考えております。

なお、上記の時間帯は、
各学校から一定の距離が保たれた場所で
ゲリラ的な街頭演説のみ行う予定です。

何卒、ご理解の程、宜しくお願いいたします。

 

中村かずひこ通信64号