【6月13日・PM】

274この日の午後、妻・光江とともに東京都練馬区にある『唐澤博物館』に出かける。

ここは、東京教育大学名誉教授だった故唐澤富太郎氏が、長い歳月をかけて収集した約7000点に及ぶ教育資料が展示されている個人博物館である。

この博物館に、天保年間に真岡・田町に開設されたという寺子屋『精光堂』の様子が再現されているということを聞きつけ、議会で教育関係の質問をする前に一度どうしても見ておきたかったのである。

ちなみに、寺子屋の様子が再現されたスペースに置かれてあった机や教本、さらに掲げられていた看板や掛軸などは、実際に『精光堂』にあったものらしい。

265そう聞かされると、何か当時の先生や子ども達の息づかいが伝わってくるようで、興奮を抑えることができなかった。

『真岡市史』などを読むと、現在の真岡市のエリアに『精光堂』のような寺子屋が、江戸時代に最低でも8つはあったとのことである。

また、余談になってしまうが明治時代に入って、明治7年の時点ではすでに小学校が13校も開校している。

この日は有り難いことに、博物館を管理されている唐澤先生のお嬢さんとお話をする機会を持つことができたが、『真岡は木綿の産地として栄えていたため、問屋などで読み・書き・そろばんができる人材が必要となり、教育に力を入れる風土がつくられていったのではないか』とのことだった。

自分のふるさとがそうした評価を受けていることは、とても誇りに感じる。

そして改めて、これから真岡市がまちづくりを進めるにあたってのキーワードは『教育』なのだと思った。