【4月14日~21日】

7日間にわたって真岡市議選が行われた。私にとって5回目の選挙戦。定数21に対して23人が立候補。“少数激戦”の戦いとなった。

この選挙で、私が掲げたテーマは『2040年 輝く未来であるために―今、まちづくりをモデルチェンジ―』。

『”2040年”にはどういう意味が込められているのか?』と、多くの方々からご質問を受けた。

今から21年後の2040年は『第2次ベビーブーム世代』が一斉に65歳以上となり、高齢者人口がピークを迎える。そうした将来を視野に入れながら、いかにして持続可能な地域づくりを展開させていくのか?それが候補者1人ひとりに問われた今回の選挙戦だったと、私は考えている。

今後、真岡市がどのようなまちづくりを進めていくのか。その方法論とも言える公約が、曖昧な言葉の羅列であってはならない。今回、私は5つの分野、17の政策を『中村的マニフェスト』として掲げた。

選挙期間中、できるだけ多くの方々に私の考えを伝えようと思い、市内約40ヶ所で街頭演説をさせていただいた。

しかし、選挙戦の2日目、15日(月)の午前中、街頭演説の準備を進めていた際、候補者の私が、自分自身の選挙カーと接触するという前代未聞の出来事が…。

幸い、私は病院での検査の結果、肩・ひじの打撲で済んだものの、選挙カーの破損が目立ち、その日の選挙運動は一切控えることに。翌日以降は、選挙カーの修理も済み、運動を再開することとなった。

また、18日(木)には、真岡市内の小中学校で『全国学力・学習状況調査』(小6、中3)、『とちぎっ子学力状況調査』(小4・5、中2)、そして 『真岡市総合学力調査』(小3、中1)が実施された。

そのため、当日は午前8時から午後4時まで、選挙カーによる街宣活動を個人的に自粛させていただき、各学校から一定の距離が保たれた場所でゲリラ的な街頭演説を繰り返した。

さて、中盤戦以降は、県内外から数多くの市議・町議の仲間が応援に駆けつけてくれた。公務の忙しい合間を縫って、応援弁士としてマイクを握ってくれた仲間には心から感謝している。

議員の仲間達だけではない。

この選挙の期間中、多くの方々が手を振ってくれたり、車中からクラクションで声援を送ってくれたり、そうした激励が何よりもありがたかった。

そして、私のことを信じていただき、選挙運動に関わってくれた方々。特に今回は、選挙期間中にも議長公務があり、加えて交通事故にも見舞われるなど、これまで以上にご迷惑、ご心配をおかけした。

改めて、多くの方々の支えと励ましのおかげで進めることができた今回の選挙戦だったと痛感している。

そして迎えた21日の投開票。

結果は2473票を獲得。トップで当選を果たすことができた。

しかも、歴代の真岡市議選で最高記録だった16年前の私の得票(2415票)をも上回ることができた。

大きな喜びとともに、これまで以上に責任の重さを感じている。

1票1票に込められた気持ちを真摯に受け止め、選んでいただいた方々に恥じることのない活動を展開していきたい。