【4月28日】

この日の午前中、宇都宮市の護国神社で行われた栃木県戦没者合同慰霊祭に出席。

これが議長としての最後の公務となる。

この慰霊祭は、戊申戦争以降、国のために命を捧げられた栃木県関係の英霊5万5361柱を祀るもので、毎年4月28日に行われている。

福田富一知事をはじめとする来賓、さらに県内各地から数多くの遺族が出席し、英霊の安らかなることを祈り、平和への誓いを新たにした。

【4月27日】

この日、真岡木綿会館のリニューアルオープン記念式典に出席した。

 

 

 

 

 

かつて、江戸市中で取り引きされた6割が真岡産であったというほど、真岡木綿は隆盛を極めた。

明治時代以降は衰退したものの、昭和61年に真岡商工会議所などが中心となり復興を図り、現在の真岡木綿会館が開館したのは平成20年のこと。木綿の生産工程の見学のほか、機織りや染色体験ができ、観光客から人気を博していた。

今回のリニューアルでは、真岡木綿の製品や特産品を販売するスペースができたほか、屋外にウッドデッキやテーブルセットも設置され、これまで以上に真岡木綿を身近に感じられる空間が誕生した。

また、真岡木綿の新製品の中には、地元の高校生達のアイデアによって生まれたものもあり、これから注目を集めそうだ。

この施設を核として、真岡市の観光振興が一層図られることを願っている。

【4月23日】

この日から本格的に議長公務が再開。

午前中に『市職員OB友の会』の総会に出席した後、午後からは『農業再生協議会』の総会へ。

来賓としてスピーチをしていると『まだお前が議長なの?』と、キョトンとした表情をする方も(こちらが勝手にそう思ってしまうのかも知れませんが)少なくない。

実は、今月29日までが改選前の議員の任期であるため、選挙後も議長としての公務が立て込んでいる。

『立つ鳥跡を濁さず』

任期終了まで、議長としての務めをしっかりと果たしていきたい。

【4月14日~21日】

7日間にわたって真岡市議選が行われた。私にとって5回目の選挙戦。定数21に対して23人が立候補。“少数激戦”の戦いとなった。

この選挙で、私が掲げたテーマは『2040年 輝く未来であるために―今、まちづくりをモデルチェンジ―』。

『”2040年”にはどういう意味が込められているのか?』と、多くの方々からご質問を受けた。

今から21年後の2040年は『第2次ベビーブーム世代』が一斉に65歳以上となり、高齢者人口がピークを迎える。そうした将来を視野に入れながら、いかにして持続可能な地域づくりを展開させていくのか?それが候補者1人ひとりに問われた今回の選挙戦だったと、私は考えている。

今後、真岡市がどのようなまちづくりを進めていくのか。その方法論とも言える公約が、曖昧な言葉の羅列であってはならない。今回、私は5つの分野、17の政策を『中村的マニフェスト』として掲げた。

選挙期間中、できるだけ多くの方々に私の考えを伝えようと思い、市内約40ヶ所で街頭演説をさせていただいた。

しかし、選挙戦の2日目、15日(月)の午前中、街頭演説の準備を進めていた際、候補者の私が、自分自身の選挙カーと接触するという前代未聞の出来事が…。

幸い、私は病院での検査の結果、肩・ひじの打撲で済んだものの、選挙カーの破損が目立ち、その日の選挙運動は一切控えることに。翌日以降は、選挙カーの修理も済み、運動を再開することとなった。

また、18日(木)には、真岡市内の小中学校で『全国学力・学習状況調査』(小6、中3)、『とちぎっ子学力状況調査』(小4・5、中2)、そして 『真岡市総合学力調査』(小3、中1)が実施された。

そのため、当日は午前8時から午後4時まで、選挙カーによる街宣活動を個人的に自粛させていただき、各学校から一定の距離が保たれた場所でゲリラ的な街頭演説を繰り返した。

さて、中盤戦以降は、県内外から数多くの市議・町議の仲間が応援に駆けつけてくれた。公務の忙しい合間を縫って、応援弁士としてマイクを握ってくれた仲間には心から感謝している。

議員の仲間達だけではない。

この選挙の期間中、多くの方々が手を振ってくれたり、車中からクラクションで声援を送ってくれたり、そうした激励が何よりもありがたかった。

そして、私のことを信じていただき、選挙運動に関わってくれた方々。特に今回は、選挙期間中にも議長公務があり、加えて交通事故にも見舞われるなど、これまで以上にご迷惑、ご心配をおかけした。

改めて、多くの方々の支えと励ましのおかげで進めることができた今回の選挙戦だったと痛感している。

そして迎えた21日の投開票。

結果は2473票を獲得。トップで当選を果たすことができた。

しかも、歴代の真岡市議選で最高記録だった16年前の私の得票(2415票)をも上回ることができた。

大きな喜びとともに、これまで以上に責任の重さを感じている。

1票1票に込められた気持ちを真摯に受け止め、選んでいただいた方々に恥じることのない活動を展開していきたい。

お知らせ(4月18日)

4月18日(木)、真岡市内の小中学校では、
『全国学力・学習状況調査』(小6、中3)
『とちぎっ子学力状況調査』(小4・5、中2)
『真岡市総合学力調査』(小3、中1)が実施されます。

これまで、
子ども達の学力テストの結果等について、
議会内で指摘してきただけでなく、
各学校の先生方や保護者の方々などに対しても、
あれこれと申してきた手前、
18日の午前8時から午後4時まで、
選挙カーによる街宣活動を、
個人的に自粛させていただきたいと考えております。

なお、上記の時間帯は、
各学校から一定の距離が保たれた場所で
ゲリラ的な街頭演説のみ行う予定です。

何卒、ご理解の程、宜しくお願いいたします。

 

ご報告(4月15日)

4月15日(月)の午前中、市の中心部で街頭演説を行う準備を進めていた際、こともあろうに候補者である私が、自分自身の選挙カーと接触するということが発生しました。

当時、現場を通られた方々に不安を与えることになり、心からお詫び申し上げますとともに、「ケガは大丈夫か?」とご心配いただいた市民の方々や同僚議員には本当に感謝です。

幸い、私自身は病院での検査の結果、肩・ひじの打撲で済みました。

しかし、選挙カーの方の破損が目立ち、走行が困難となり、昨日の選挙運動は一切控えさせていただきました。

選挙カーの修理も無事済みましたので、候補者・スタッフともども、交通安全にはこれまで以上に留意を払いつつ、翌16日(火)より元気に運動を再開させていただきました。

ここにご報告させていただきます。

まちづくりのモデルチェンジ⑤ ~議会改革・活性化~

真岡市議会では、昨年4月に『議会基本条例』が施行され、10月には『議会報告会・意見交換会』も開催することができた。加えて『政務活動費のインターネット上での公開』や、質疑・一般質問時における『一問一答制(選択制)』も導入を図ることもできた。

日本経済新聞社が発表している『議会活力度ランキング』では、真岡市議会は2014年の調査で792位だったものが、2018には298位まで改善が図られている。

これは、これまで4年間にわたって『議会活性化等検討委員会』などを中心に、議会全体が議会改革・活性化と向き合ってきた成果の表れであると考えている。

今後の課題としては、常任委員会の運営方法などを見直しなどにより、議会としての政策立案能力の向上を図るということ。さらに、議会だよりのリニューアルやインターネットによる動画配信などにより、市民の皆さんに分かりやすく、開かれた議会づくりを進めてく必要がある。

これまで1年間、議長として議会改革・活性化について取り組んできたが、その経験を活かしながら、今後もこの課題については力を入れていきたい。

 

以上、真岡市が取り組むべき課題について申し述べてきた。私達の目の前には、実に様々な課題が横たわっているが、決して悲観すべきではないと思う。

これまでの議員活動で、私は『教育と生涯学習を軸としたまちづくり』ということを訴え続けてきたが、その取り組みといくつかの施策を組み合わせていければ『あっという間』に訪れる21年後も、真岡市は希望のある地域であり続けると考えている。

まちづくりのモデルチェンジ④ ~安全・安心のまちづくり~

昨年をふり返ると、全国各地において自然災害が相次いだ。災害はいつ、どこで発生してもおかしくないということを改めて認識した1年だった。

災害の対応については『自助、互助、共助、公助』と言われるが、その中でも初期段階では自助、互助、共助の部分が極めて重要とされている。であれば、市民の防災意識高揚を図るため『災害図上訓練』のさらなる普及は不可欠ではないだろうか。

また、指定避難所は水害の場合、非常に大きな課題を有しているところが多い。さらに、災害用備蓄倉庫も1ヶ所に集中しており、そうした公助の面でも見直すべき点が見られる。

安全・安心のまちづくりを考える上で、もう1つ『超高齢社会への対応』も忘れてはならない課題として挙げられる。

今後も高齢者人口が増加する中にあっては、可能な限り介護が必要でない状況、健康寿命を高めていく努力を怠ってはならない。しかし、残念ながら栃木県は、脳卒中による死亡率が全国でワーストに近い。その中にあって真岡市は、栃木県の中でも悪い地域1つである。

現在、真岡市では健康相談などが気軽にできる『まちなか保健室』が2ヶ所開設されているが、これを市内の様々な地域に増やす必要があると考えている。介護予防はもとより、福祉分野の相談機能も高められれば、福祉・医療の『横割りの連携』を進めることも期待できる。

まちづくりのモデルチェンジ③ ~支えあいの仕組みづくり~

『まちづくりのモデルチェンジ』を考える上で、議会や行政だけでは完結できず、市民同士の支えあいが不可欠なものも数多い。経済格差や地域間格差といった課題は、その代表格と言える。

例えば、子ども食堂や“買い物難民”問題の解消に向けた移動販売車などは、行政が直接運営することが適切とは思えない。市民の主体的な活動を促すべきではないだろうか。

また、市街化区域と市街化調整区域のあり方という課題については、これまでも行政、議会、そして市民が何度も議論を交わし続けてきた。しかし、土地利用の制約や温度差により、その議論はかみ合ってこなかったという印象が強い。昨今、中心市街地へ人の流動を促す『コンパクトシティ』に向けた動きもある中で、市街化調整区域の活性化に向けて、官民一体となった研究会を立ち上げ、将来像に向けての認識を共有化する必要性を強く感じる。

さらに、市民同士が支えあうにあたっては『自立した人づくり』ということが欠かせない。かつて真岡市には『真岡市民大学』という生涯学習講座があった。それをもう一歩進化させて、市民と行政が一体となって真岡市の未来について学び、話し合う『新・真岡市民大学』の創設といったことも、今後考えて行かなければならないことだと思う。

『市民同士の支えあい』と聞くと、行政や議会は何も関わらなくてよいものと捉えられだが、決してそのようなことではない。そこには一定の仕組みづくりが求められる。

まちづくりのモデルチェンジ② ~雇用の創出~

現在、真岡市では『第6の工業団地』の整備を進める予定である。そして、その中の主力産業として、物流業を位置づけている。北関東自動車道をはじめ、今日の真岡市を取り巻く道路網の状況を考えると、最も強みを活かせる分野であり、至極当然の流れだと考える。

ただし、今後人間の働く場が、人工知能やロボットなどに代替されていくことが予想される。仮に、企業が進出したとしても、以前のように大きな雇用の場にはなり得ないのではないか、という疑問にぶつかる。

実際『今後10~20年の間に、日本の労働人口の約49%が就いている職業で、人工知能やロボットなどに代替される可能性がある』との推計結果も示されている。

学校教育などの充実により『選ばれるまち』になったとしても、雇用の場がなければ、最終的に人口は流出する。

起業家を支援する、研修、情報提供機関、拠点施設の一体的な充実を図り、地道に新しい地場産業を育てる努力をしていかねばならない。さらに、企業の本社・研究機能の移転を促すため、市独自の支援制度も併せて検討すべき項目だと考える。

まちづくりのモデルチェンジ① ~少子化対策・教育~

2015年に策定した『真岡市人口ビジョン』では、2040年の人口について、国の予測よりも6千人多い、約7万3千人とすることを目標の1つとして掲げている。

そのためには合計特殊出生率を、現在の1.52から2.07にまで改善させる必要があるが、これは決して容易なことではない。結婚や出産については、人によって価値観が異なる。それを変えようとした場合、相当の時間を要する。

まずは『子どもを産みたい』と、現在考えている人々へのサポートするのが最も効果的ではないだろうか。

1つには多子世帯への経済的な支援、そしてもう1つが、不妊治療が受けにくい家庭への支援である。特に、不妊治療については、経済的な問題だけでなく、治療そのものへの不安や、仕事などによる時間的制約といったカベが存在する。そうした課題にも切り込んでいかないと、本当の意味での実効性が伴わないのではないだろうか。

学校教育については、幸いなことに真岡市ではここ数年、学力や体力の向上プログラムや、ICT教育の推進などの取り組みを着々と進めてきた。教育環境の充実は、真岡市に今住んでいる子ども達の未来のために必要なことは言うまでもないが、移住を考えている市外の子育て世代に『選ばれるまち』になるためにも不可欠である。

今後の課題としては、不登校や特別支援教育といった課題にどう切り込んでいくのかが、挙げられる。相談業務で忙殺されている『臨床心理士』の増員や、県内他市と比べて遅れを取っている『教育研究所』の設置などは、早急に取り組んでいかねばならない。

2040年 輝く未来であるために

皆さんは、長野で行われた冬季オリンピックを覚えているだろうか。

つい最近の出来事のようにも思うのだが、あのオリンピックが開かれたのは1998年(平成10年)のこと。すでに21年という歳月が経過している。本当に『あっいう間』に時は流れた。

最近、地方議員を対象とした研修会に参加をしていると『2040年問題』をテーマにした講演やパネルディスカッションが、ずいぶん目立つようになってきた。総務省においても、一昨年10月に『自治体戦略2040年構想研究会』が発足し、研究者などが集まって議論を進めている。

2040年の日本社会は、いわゆる『第2次ベビーブーム世代』が一斉に65歳以上となり、高齢者人口がピークを迎える。総人口が、毎年100万人近く減少すると予想され、その中でも生産年齢人口の減少は深刻で、労働力の確保が一層懸念される。

『2040年問題』に関する研修会に出ていると、特に『第2次ベビーブーム世代』に対しては厳しい視線が注がれているのに気づく。出生数が毎年200万人を超えていた1971~75年生まれは、絶対数が多いのに加えて、

●求職時期が『就職氷河期』と重なり、今なお低賃金。非正規雇用者も多い。

●非婚・晩婚の割合が高い。

●全体の約1割が無貯蓄で、約3割が100万円以下の貯蓄に留まり、今後は子育てと

親の介護の『ダブルケア』により、貯蓄の目減りが一層懸念される。

そうした世代が一斉に高齢者になる。厳しい財政状況下、支える世代も少ない中で、こ

の国は今後もシステムを維持できるのか?研修会の中身は概ねこういった内容で『第2次

ベビーブーム世代』の、しかもピークである1973年(昭和48年)に生まれた私とし

ては、聴いていて大変重苦しい気持ちになる。

この課題は、真岡市にとっても例外ではない。2040年の真岡市の人口は約6万7千人。市町合併した時の旧二宮町分にあたる人口が、減少すると推測されている。

【真岡市の人口予測】

2010年       2040年

82,289人  →  66,644人

『日本創生会議』人口減少問題検討分科会が発表したデータによる

そんな話題を周囲に言うと『まだ21年も先の話でしょう』『もっと目の前にある課題を先に解決すべきでは…』という反応が返ってくる。

しかし、冒頭の話題に照らし合わせれば、21年後というのは『あっという間』に訪れる。そもそも、人口減少をはじめ、今目の前で起きている課題の多くは、数十年も前から予想され、叫ばれてきたものである。その問題を先送りしてきたからこそ、課題が顕在化するようになったに過ぎない。

社会のシステムは、短編急には変わらない。人々の合意を得て、政策となり、浸透するまでには相当の時間がかかる。だからこそ、21年後の社会に向けて、今から『まちづくりのモデルチェンジ』が必要だと思うのである。

この後、具体的な課題について、数回に分けてお話をさせていただければと思う。

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