【5月30日】

6月定例議会に行う一般質問の準備を進めているが、思いっきり煮詰まっている。

そんな中、気分転換に妻と出かけたのが井頭公園。

バラ園が見頃を迎えていて、多くの方々で賑わっていた。

【5月29日】

この日は、父・達也の祥月命日。茨城県水戸市にある菩提寺へ墓参りに出かける。

父が亡くなったのは平成元年こと。だから、今日でちょうど30年が経過したことになる。

父が亡くなった当日がとても暑かったこと、そして、入学直後で知り合ったばかりだった高校のクラスメイトが何人も『中村、大丈夫か?』と弔問に駆けつけてくれて、それで励まされたことは、今でも鮮明に覚えている。

振り返ってみれば、私にとって30年間は、本当にあっという間に過ぎていき、今年4月には父親の年齢も超えることになった。

しかし、夫を亡くして悲しみにくれながらも、夜勤もある仕事を続けながら、息子を大学まで進学させた母の苦労は、言葉では言い尽くせないものだったはず。

にも関わらず、なかなか親孝行らしいことができずにいるのだが…。

【5月25日】

真岡西中学校で行われた『西輝が丘スポーツフェスティバル』にお邪魔をする。

真岡市内では、大半の中学校が秋に運動会を行っているが、同校に限っては例年この時期に開催をしている(確か、昨年は学校行事の関係で、秋の開催だったと記憶していますが)。

梅雨入り前後の開催にも関わらず、同校の運動会は毎年天候に恵まれている。

快晴の空の下、生徒達は元気いっぱいグラウンドを駆け回っていた。

【5月23日】

この日の午前中、市民会館で『戦没者追悼式』が行われた。

この追悼式は、戊辰戦争以後、現在の真岡市を構成する地域の出身・在住で戦死した1973柱を慰霊するもの。

令和に時代に入って最初の追悼式には、遺族をはじめとする関係者が約300人集まった。

また、今回の追悼式では、真岡市民合唱団の皆さんが献唱を行い、『故郷』や『朧月夜』など計5曲を披露した。

真岡市では、2年前まで5地区(真岡、山前、大内、中村、二宮)において、それぞれ『戦没者慰霊祭』を行ってきたが、昨年から合同で開催されることになった。それだけ戦没者遺族の減少や高齢化が進んできたことを物語っている。

『記憶の風化』が、これまで以上に懸念される中で、いかにして平和の大切さ、戦争の悲惨さを後世に語り継いでいくか、非常に大きな課題である。

 

【5月21日】

この日は、市議会議員の任期満了に伴う感謝状贈呈式が市役所で執り行われ、平成27年から4年間の任期を満了した議員1人1人に、石坂市長から感謝状が手渡された。

 

【5月16日】

二宮コミュニティセンターで開催された『真岡市知的障がい者育成会』が主催する研修会にお邪魔させていただいた。

同会は、知的障がい者のご家族が中心となって活動をしており、定期的に集まって情報交換をするとともに、専門家を招いての講演会なども開催している。

今回の研修会では、栃木県内で数多くの福祉施設を運営している社会福祉法人『同愛会』の菊地達美理事長をお招きして、『親なき後に向けて、親あるあいだの準備』と題した講演が行われた。

障がい者が、親なき後も地域の中で安心して暮らしていけるよう環境整備をいかにして進めていくか。これは、全国の自治体にとって共通の課題と言える。

特に、真岡市の場合はグループホームなど、住居の整備が大変遅れている。

そうした中で、県内各地で福祉施設を運営し、高い評価を受けている菊地理事長から、現在の県内の状況や今後起こりうる課題について指摘を受けたことは非常に有意義だった。

 

【5月15日】

臨時議会が行われ、新しい議長には星野守議員(4期)、副議長には渡邉隆議員(3期)が選出されたほか、議会の主だった人事が決定した。

所属会派『もおか新時代』のメンバーとなった同僚議員も、それぞれ常任委員会の委員長や副委員長に就き、これまでの経験を踏まえながら活躍してもらえるものと信じている。

私は、総務常任委員会と議会運営委員会に所属するほか、表彰審査委員会の委員を務めることとなった。

昨年度、議長を務めさせていただき(任期満了の4月29日で退任となりました)、同僚議員達と議会の活性化に取り組んできたが、新たに就任した正副議長に協力をしていきながら、その流れを一層加速させていきたい。

新しい議会人事はこちらから。

議会構成名簿(H31.05.15〜)

【5月10日】

明治大学公共政策大学院で教鞭をとり、この3月末で退職された山下茂教授の慰労会が東京都内で行われ、私もお邪魔をさせていただいた。

私が大学院に通っていたのは、2005年から2008年の期間。その中で、山下先生の地方自治制度の国際比較に関する授業も受講していた。

ちょうど二宮町と市町合併の議論が進められて時期と重なる。先生から欧米の自治制度に詳しく教えていただいたことで『自治体のあるべき姿とは?』ということについて、自分の視野がとても広がったと思っている。

山下先生は旧自治省の官僚で、平成4〜5年度には栃木県の総務部長も務められていた方。

自分にとって一番の思い出は、修士論文を提出した後の面接。

私を担当したのが山下先生で、その際『およそ論文の体はなしていないが、読み物としては面白かった』という評価を受けた。

先生からの『およそ論文の体はなしていない…』という前段の厳しい指摘はあまり耳に入らず、どういう訳か『読み物としては面白い…』という後段の部分だけが私の記憶に残ってしまい、『俺には文才がある!』という大いなる勘違いをしながら、私の議員生活は今日に至っている。

【5月7日】

この日、真岡市議会では、各議員が所属する『会派』の結成届の提出期限を迎えた。

私は3名の議員(池上正美議員、春山則子議員、七海朱美議員)とともに、新しい会派『もおか新時代』を結成。その代表も務めることになった。

令和という新しい時代にふさわしい会派運営、ひいては議会活性化にも寄与していくことができれば…。そんな願いを込めて会派名を決めた。

改選前の4年間、私は無会派で活動を続けてきた。何にも縛られず、執行部に対してもニュートラルな立場で意見が言えるというメリットがある一方で、自分が掲げた政策を実現させていくためには、色々と制約があることを実感した4年間だった。

今回『一緒にやりませんか?』と、何度も私に声をかけてくれた同僚議員には心から感謝をしている。

それぞれ支持政党も異なる議員の集団であるが、お互いの政策を実現するために切磋琢磨し、議論を重ね、協力しあっていきたい。

【5月1日】

いよいよ令和の時代が幕を開ける。

4月27日から始まった10連休の真っ只中。巷は非常にノンビリとしたムードが漂っている(昭和から平成に替わった時と随分違います)。

こちらは、選挙の残務処理に追われる日々で、前の日も慌ただしさの中で『平成最後の1日』を過ごし『何ともあっけなくものだなぁ』と、少し寂しい気持ちになっていた。

それでも夕方の『退位礼正殿の儀』の様子をTVで見ることができ、ようやく新時代の到来を実感できたように思う。

どうか令和の時代が、平成を超える素晴らしい時代でありますように…。