【8月31日】

この日は、二宮地区の砂ケ原橋近辺で『尊徳夏まつり』が行われた。

『3度の飯より花火好き』を自認する妻(さすがに飯の方が好きだろうとは思うのですが…)に、数日前からテンション高めに誘われて、尺玉花火や特大スターマインなど約1万発の花火を堪能した。

【8月29日】

8月25日(日)に告示された鹿沼市議選に、4回目の当選を目指して出馬をしている小島実さんの応援にお邪魔をする。

小島さんは、昭和25年生まれ。私とは親子ほど歳が離れている。

しかし、県内の議員有志にも勉強会にも積極的に参加し、常に新しい知識を得ようとする姿勢には頭が下がる。

今回の選挙戦では『緊急提言』として、高齢者ドライバーのための急発進防止装置に補助を出すということを掲げている。

高齢者の自動車事故が後を絶たない。その対策を考える時、私達はどうしても『公共交通網の充実化』、つまり高齢者の免許返納をいかに促すか、という方に目が行きがちになる。

しかし、小島さんは『それでは中山間地に住む高齢者の生活は守れない』と訴える。

政策の中身もさることながら、選挙期間中の配布が認められことになった『政策ビラ』の特色を活かし、自身の目玉政策を『緊急提言』として訴える柔軟性。

それは、今まで意欲的に研鑽を積んできた小島さんだからこそできるものなのだと思う。

※9月1日の投開票の結果、小島さんは4回目の当選を果たすことができました。

【8月28日】

この日は、9月定例議会の質疑・一般質問の通告書提出期限。

今回、私は所属会派の『もおか新時代』を代表して質問をさせていただくこととなった。市議会議員になって17年目であるが、会派代表質問は私自身にとって初めての経験である。

5月の会派結成から、メンバー間で勉強会や話し合いを重ね、代表質問の内容についても全員で検討を行ってきた。

そうしたメンバー全員の想いを乗せて、しっかりとした質問をしていきたい。

なお、今回は『新庁舎周辺整備事業について』、『ふるさと納税について』、『防災・減災対策について』、『協働のまちづくりについて』、『起業家の育成・支援について』の5件について質問をする予定。

【8月26日】

この日は、9月定例議会の開会を1週間後に控え、午前中から『会派代表者会議』、『議会運営委員会』、『議員協議会』などの会議が続いた。

その後、所属会派『もおか新時代』の勉強会を午後から開催。今回のテーマは『決算審査の方法』について。

この勉強会には、栃木県や群馬県の市議・町議の方々にも多数ご参加いただいた。

実を言うと、今から3年前にも栃木県内の若手議員達で決算審査の勉強会をしたことがある。当時、私が監査委員の仕事を終えた直後ということもあり“講師役”を務めた。

今回も、まず私が決算審査の方法について、基本的な資料の読み解き方などをお話しした。

その後、参加した議員が実際に行っている決算審査の方法について情報交換へ。

『自治体の数だけ議会制度がある』と言われることがあるが、決算資料の内容も、決算審査のプロセスも、議会によってこれほど違うものなのかと今回改めて驚かされた。

私は、決算資料の読み方や質疑の方法も(基本的な部分を外さなければ)議員によって千差万別でいいのではないかと思っている。だからこそ、数多く議員が集まって情報を交換することで、それぞれの視野が広がって行くはずである。

今回の勉強会で私自身の視野も広がったが、『もおか新時代』のメンバーにとっても大きな刺激となったのではないだろうか。

【8月24日】

地元の大谷地区で行われた夏祭りに参加。

このお祭りは、平成11年にスタートして今年で20周年。平成23年に東日本大震災で1度中止になったため、回数もちょうど20回目の節目を迎えた。

大谷地区の屋台は、元々は神戸製鋼所が運動会などで使用していたもの。住民の有志が同社から譲り受け、毎年『伊夜日子会』のメンバーを中心に、様々な改良を重ねて現在に至っている。

私は今、その屋台の木頭(運行の指示をする係)を担当している。大谷地区は坂道や極端に狭い曲り角など数多くの難所があり、運行中の苦心は絶えないが、それが醍醐味になっているのも事実。

今回も多くの方々にご協力いただき、無事に屋台の運行を行うことができた。特に、炎天下の中で一生懸命に声を張り上げて屋台を引っ張ってくれた子ども達には心から拍手を送りたい。

その後、午後7時からは『もおか木綿踊り』に市議会チームの一員として参加。文字通り『祭り漬け』の1日だった。

【8月20日~21日】

議会運営委員会と議会活性化等検討委員会の合同による視察で、神奈川県横須賀市と藤沢市を訪れた。

真岡市議会は、日本経済新聞社が全国815市・区議会を対象に行っている『議会活力度調査』で、2014年度に792位だったものを、2018年度には297位まで改善することができた。

今後、さらに議会活性化を進めていくために、全国的に評価の高い横須賀市議会(上記調査で9位)と藤沢市議会(上記調査で74位)を視察できたことは大変意義深かった。

(横須賀市)

横須賀市議会が議会改革に取り組み始めたのは、平成10年からと全国的に見ても非常に早い。

その後、第1次~3次にわたって『議会制度検討会』が設置(平成13~23年)され、平成23年5月には『議会基本条例』を制定させている。

現在は『議会改革の第2ステージ』と位置付け、議会全体の政策立案向上に取り組んでいる。

平成28年に、関東学院大学と包括的パートナーシップ協定を締結したのに加え、翌29年には議会内部に『政策検討会』を設置。これまでに、ごみ屋敷対策やがん対策の条例を議員主導で制定させてきた。現在は、全会派から賛同が得られた『歯と口腔ケア』の課題に取り組んでいるとのことだった。

今後、真岡市議会でも、政策立案向上は大きな課題である。そうした中で、横須賀市議会のように、外部の機関との連携強化、さらに全議員がまとまって政策立案を進める『チーム議会』という意識づけは今後参考にしていかねばならないと思った。

(藤沢市)

藤沢市議会の議会改革は、平成20年に『議会活性化検討会』が設置された時点から本格的にスタートした。その当時から『市民に開かれ、親しまれる身近な議会づくり』をテーマとして掲げており、一般質問における一問一答方式の採用や、議会のインターネット中継を実現させてきた。

平成25年には『議会基本条例』を制定し、同年には第1回目となる『議会報告会・意見交換会』を開催している。

しかし、参加者の固定化、参加人数の減少など、どこの議会でも抱えている課題に直面するとともに、議員と参加者間で意見の対立も見られるようになった。

そうした中にあって、今回私達に説明をしてくださった柳田秀憲議員などが中心となり、専門家のアドバイスを受けながら、より市民が参加しやすい『カフェトークふじさわ』に平成27年度から変えていった。

これは、ワールドカフェ方式で、参加者と議員が同じテーブルで、お茶を飲みながら自由に話し合う雰囲気の中で行うことを主眼に置いている。

これまでに『投票率アップ』や『藤沢市のシビックプライド』などの課題をテーマに開催してきたが、これにより参加者の満足度が大きく高まることとなった(28%→80%)だけでなく、若年層や女性の参加者も増加するようになったという。

昨年度、真岡市議会でも『議会報告会・意見交換会』を初めて開催した。しばらくの間は、現在の方法を踏襲していくのだろうが、どこかの場面で、藤沢市議会などが直面した課題を経験することになると思われる。

そうした際に、できるだけ多くの市民が参加できるような方法というものについて、私達も心を砕いていかなければならない。

【8月19日】

昨年8月に『全国若手市議会議員の会』を無事卒業した私だが、この日はそのOB会の総会と研修会が、茨城県の守谷市などを会場にして行われた。

今回の研修会では『つくばエクスプレスの沿革と現状について』と題し、首都圏新都市鉄道株式会社の方や、つくばみらい市の小田川浩市長からお話を伺った。

その後、つくばエクスプレスの車両基地見学も行われたが、以前に真岡鐡道と関東鉄道、つくばエクスプレスとの連携について議会で一般質問をさせていただいたこともあり、つくばエクスプレスの現状や今後の展望について、関係者の方々からお話を聞けたことは今後の参考となる点が多かった。

これまで、全国で活動する仲間達と情報交換や切磋琢磨を続けてきたが、こうして絆を深める機会を引き続き与えていただくことは、大変ありがたいことだと感じている。

【8月17日】

連日甲子園で、高校野球の熱戦が繰り広げられているが、この日、真岡市内では学童野球の大会が行われ、子ども達が高校球児に負けない熱いプレーを見せてくれた。

私の甥っ子が、東友クラブ(真岡東小学校の子ども達が中心となっているチーム)で背番号1を背負い、この日の試合ではピッチャーとして先発出場。

甲子園の試合が気になりつつも、妻から『これが6年生として最後の大会だから…』と言われ、私も応援に駆けつける。

序盤に相手チームに先制点を許したものの、日頃は甘えん坊ぶりを存分に発揮している甥っ子が、この日ばかりは応援に駆け付けた親戚一同さえ驚くような粘り強いピッチング(完全にひいき目ですね)を披露し、チームの逆転勝利に結びつけた。

それにしても、最近の学童野球のレベルの高いことには驚かされる。

【8月15日】

東京の日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に、栃木県の戦没者遺族の代表として出席。

元号が令和となり、天皇陛下の即位後初となる追悼式。こうした機会を与えていただいたことに心から感謝をしたい。

この追悼式には、全国から5000人を超える遺族が参列した。遺族の高齢化を改めて痛感した一方で、栃木県からの参列者には高校生もいたことが印象に残った。

追悼式では、参列者全員で1分間の黙禱を捧げた後、天皇陛下が『過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う』と、おことばを述べられた。

この追悼式の後、靖国神社にお参りをさせていただいた。

終戦の日に靖国神社を訪れるのは初めての経験だったが、案の定と言うべきか、参拝者の数の多さもさることながら、様々な主張をしている人達が集まっていて、何とも物々しい雰囲気…。

私の家では、昭和20年に父方の祖父が沖縄で戦死をしている。

そういったこともあり、家族で東京へ日帰り旅行に出かけると、父が真っ先に家族を連れていったのが靖国神社だった。

幼かった頃は、特に何も感じることがなかったが、今にして思えば、あれは父が私にしていた『平和教育』だったのかも知れないと、最近になって思うのである。

【8月5日】

この日の夕方『関東若手市議会議員の会』の総会・卒業式が行われている群馬県前橋市へ。

この会は、毎年9月から新しい年度に切り替わり、8月末の時点で45歳となったメンバーが“卒業”を迎えることになっている。

新年度からは、足利市議会の末吉利啓議員が『関東若手市議会議員の会』の会長に就任する。また、栃木ブロックから今回、さくら市議会の福田克之議員が卒業となり、私もお祝いにお邪魔した(私自身は、昨年8月に卒業をしました)。

最後に栃木ブロックの関係者で集合写真を撮ったのだが、他県のメンバーから『暑苦しい~!』との声が挙がる…(栃木ブロックは、なぜか巨漢が多いのです)。

【8月4日】

この日は『中村かずひこ通信』の発行日。研修やお祭りなどが続いたが、空いている時間をやりくりし、何とか予定通りの発行となった。

平成15年に市議会議員に初当選をして以降、定例議会終了時に毎回発行を続けて、今回が第65号。

今回の編集作業で、最も悩んだのが中面のレイアウト。通常であれば、議会で行った一般質問の模様を掲載する部分である。今回、私としては初めて『一問一答方式』で質問をしたのだが、それが頭痛の原因となってしまった。

『今までと質問をする順番が少し変わっただけ』と、当初は甘く考えていた。しかし、従来の編集スタイルを踏襲すると、自分が何を問題視して質問していたのかが伝わりにくい紙面になってしまうのである。

印刷屋さんとあれこれ打ち合わせをして、どうにか『一問一答方式』仕様(?)の通信ができあがった次第。

【8月3日】

この日の午後、市民会館小ホールで『八月の会』が主催する『今、次世代に伝えたいこと』が行われた。

『八月の会』は、戦後60年を迎えた平成17年に結成。平和の大切さと戦争の悲惨さを後世に伝えることを目的としている団体で、現在私はこの団体で顧問を仰せつかっている。

毎年8月の第1土曜日に、戦争を体験された方からお話を聞くイベントを開催しており、空襲、原爆、特攻隊、シベリア抑留など、毎回切り口を替えているのが大きな特徴。

今回は『対馬丸事件と荒井退造』がテーマだった。

まず、真岡女子高校放送部の皆さんが『たじろがず沖縄に殉じた荒井退造』を群読。

その後、栃木市にお住まいの上野和子さんが『対馬丸事件』について講演を行った。

『対馬丸事件』は、昭和19年8月22日に、沖縄から疎開する学童などを乗せた船『対馬丸』が、アメリカの潜水艦に魚雷攻撃を受けて沈没をしたというもの。

資料によれば乗っていた1788人のうち、1476人が犠牲(うち779人が学童)になったという。

当時、沖縄で小学校の教員を務めていた上野さんのお母様は『対馬丸』に乗船し、学童達の引率をしていた。大半の教え子が亡くなった中で、数少ない生存者の1人だった。

栃木県出身で、終戦直前の時期に沖縄県の警察部長をしていた荒井退造は、沖縄県民の疎開を推し進めて約20万人の命を救い、今もその功績が讃えられている。しかし、その最中に起きたのが『対馬丸事件』だということを考えると、言葉に言い尽くせない悲しみがこみあげてくるのである。