【11月24日】

『地方自治を学ぶ会』の研修会が、宇都宮市の南図書館(宇都宮工業高校の新校舎の隣にあります。すごくきれいな図書館です)を会場に行われた。
テーマは『議会改革』。
この分野では全国でもトップランナーとされる福島県会津若松市議会から目黒章三郎議長が。そして、栃木県内では最も早く議会基本条例を制定させた栃木市議会からは大川秀子議長がお越しになり、講師役を務めた。
私自身、この2つの市議会はいずれも視察をさせていただき、議会改革の勉強をさせていただいたのだが、今回特に感心したのは会津若松市議会の取り組み。
『どのように改革するか』の次元を超え、それに満足することなく『改革したことをどのように活用するか』に力が注がれている。
行政が計画していた再開発事業について、市議会は市民と意見交換を行いながら独自の方針を取りまとめ、計画の中身を変更させた実績があるという。
このレベルまで達して、初めて『議会改革』が単なる議会内部のシステム変更の域を超え、市民の利益に直結していくのであろう。
会場は、県内の各議会で議会改革を唱える議員達が数多く詰めかけた。
ただ、最近つとに感じるのは、このようなスタイル(多くの議会から関心のある議員が少人数ずつ集まる)で、議会改革の勉強会をしても、中々それぞれの現場での実践に向かっていかないこと。
何とか真岡市議会全体として、共通認識が持てるような取り組みをしていかないと…。今回の勉強会では司会を務めたが、その席からそうした思いを強く抱いた。

【11月21日~23日】

東京の日本青年館で行われた『清渓セミナー』に参加する。
今回のセミナーには全国から約70名の議員(例年よりも随分少ない)が集まった。
議会改革や震災復興、行財政改革など幅広いテーマについて、マスメディアにも登場している有名な講師陣が、講演やシンポジウムなどを行った。
写真は公務員改革で名をはせた元経産省官僚の古賀茂明氏。
ただ残念なのは、22日に市議会の会議があるため途中で抜け出さなくてはならないこと。初日の懇親会まで参加して一旦真岡へ戻り、翌日の会議が終わった後、再度東京へ向かうという中々のハードスケジュールになってしまった。
私が握手をしているのは、最終日に講師を務めた三重県松阪市の山中光茂市長。松阪市が推し進めている協働のまちづくり事業について説明された。
ちなみに、山中市長は昭和51年生まれということで私より3歳若い。『自分ももっとしっかりやらなくては…』と大いに刺激を受けた。

【11月22日】

(数日間、真岡と東京を行ったり来たりなので話の方も前後します。ご了承ください)
12月定例議会の開会を1週間後に控え、この日は会派代表者会議や議会運営委員会などが行われた。
これらの会議は、定例議会の『開催期間を何日間とするか』『どのような議案を話し合うか』『話し合う担当委員会をどこにするか』などについて、あらかじめ決めておく(正式には議会初日の本会議で決定します)のが主な目的。
会議の席上、議会のインターネット中継についてご提案させていただいた。真岡市議会の場合、ケーブルテレビ(いちごてれび)での中継は行われているが、加入者以外の市民にとって議会は『遠い存在』となってしまっている。インターネット中継は、これまでも課題としてあがってはいたものの、費用面で折り合いがつかず、棚上げになっていた。
今回、比較的安価な方法が見つかったので企画書としてまとめ、各議員からの意見を求めたところ、『ひとまず、各機関との交渉を進めては…』というお墨付きをいただくことに。
より開かれた議会を目指して、一歩前進したと言える。
その後、全議員が集まっての『議員協議会』が開かれた。
真岡市議会では議会開会日の朝に行っていたが、開会直前の慌ただしい時間帯だったため『質疑応答の時間をもう少し取れないか』という意見が多く寄せられていた。また『情報共有の場は、もっと早く設けてほしい』という要望もあったことから、今回から開会1週間前に行うこととした。
『議会改革』と言うには余りにも小さい取り組みだが、議員が議論しやすい環境になっていく一助となればと思っている。
この議員協議会の後、再び東京へ向かい『清渓セミナー』に合流する。

【11月16日~18日】

所属会派『真政クラブ・公明』の視察研修で、北海道江別市と登別市を訪問した。
(江別市)
地元経済の活性化と定住促進を目的として、江別市では今年度から『プレミアム付き建設券』を発行している。真岡市でもプレミアム付きの商品券は発行しているが、住宅のリフォームと新築に特化したものは大変珍しい。
リフォームで最大70万円(プレミアムで+7万円)、新築で500万円(プレミアムで+50万円)まで活用できる。
建設券が利用できるのは、江別市内の建設業者に限られている。そのため市民からは当初、不満の声も多かったという。しかし、その不便さが幸いし、江別市内の建設業者の売り上げは例年に比べて3~5割増加しているという。ちなみに、この建設券を利用した市民はリフォーム・新築合計で625名(売上高は10億2345万円)に達した。経済効果は極めて大きいものがある。
来年度以降については、市側の支出も高額であるため『継続するかは検討中』とのことであり、仮に真岡市が実施するとしても慎重な検討を要すべきと思われる。
しかし、地元経済の活性化の一大原則は、地域内でいかに多くの金銭を流通させるか(流出を食い止め、流入を促す)であり、そのための仕掛けづくりが極めて重要であるということは、真岡市としてももっと真剣に考えてもよい。
(登別市)
近年、ユニークな議会改革の取り組みをしていることで、全国的に注目を浴びている登別市を視察。
登別市で議会改革の動きが見られるようになったのは、平成17年から。同年に『まちづくり基本条例』が制定され、市民や行政とともに議会のあるべき姿も規定されたことが大きなきっかけになったと思われる。
当初は議員定数や報酬の見直しなど、歳出削減に重きを置いていた。しかし、18年に市民との意見交換の場である『議会フォーラム』を初めて開催。さらに、19年に行われた市議選を挟んで、本格的に『中身の充実』に目が向けられるようになった。
議員が4つの小委員会(常任委員会及び特別委員会のあり方、本議会中継、議決権拡大、議会基本条例)に分かれ、それぞれのテーマについて方策を検討してきた。
その結果、議会基本条例の制定をはじめ、各種の議会制度改革が進んできた。さらに、議場へのパソコン持込可、議場における質問・提言用モニターの設置などIT分野での取り組みにも力を入れており、そうしたことが登別市の議会改革の大きな特徴となっている。
写真は当日ご説明をいただいた登別市議会の高橋正美議長。

【11月14日】

(AM)
9月定例議会の閉会日に各会派が提出した建議要望について、この日の午前中に執行部から回答が出された。
今回の要望は、震災復興と防災対策の見直しに関するものが必然的に多くなったが、回答の内容を見ると、消極的ともとれるものが少なくなかった。
残った疑問点については、12月の一般質問で…と言っても副議長が登壇することは認められていないので、質問を予定している議員に働きかけ、問いただしていきたいと思っている(あぁ、自分でやりたい!)。
(PM①)
その後、栃木市へ移動。県内の若手議員で結成している『野嵐会』の勉強会に参加。
今回のテーマは『議会基本条例』。松本喜一副議長や議会基本条例検討委員会の委員長を務められた大武真一議員などに、制定当時の背景や制定後の効果なのについてご説明をいただいた。
栃木市では以前から、超党派の議員有志が議会の“立法機能”を高めようと『議員提出条例案研究会』というものを立ち上げていた。その条例づくりの第1歩として『議会基本条例』を作ろうと動き出したとのこと。
条例制定は平成21年4月。その後、市町合併により新・栃木市の誕生を経て、再度条例を制定させている。
『議会基本条例』の効果として真っ先に思いつくのは、『議会報告会』など、市民とのコミュニケーションの場を充実させることにより、厳しい目でチェックされることで議会にレベルアップにつなげていけることがあげられる。
お話によれば、来年1月中旬に栃木市内で『議会報告会』が予定されているとのこと。何とか時間を作ってお邪魔してみたいと考えている。
(PM②)
栃木市での勉強会を終えて、宇都宮市へ向かう。
同市内のカフェで若手経営者達が集まる『サクシードカフェ』という勉強会(あぁ、経営者の集まりは名前もおシャレ!)にお邪魔をした。
きっかけは、この勉強会に毎回参加している親友に声をかけられたことだった。話によれば2ヶ月に1度定期的に開催されているものらしい。
今回の講師は、経営コンサルタントの牧野公彦さんだった。
全国各地の企業で経営指導にあたっている牧野さんは『売れるモノには必ずストーリー(根拠)がある』とし、いくつかの成功した企業の例を引き合いに出しながら説明をされた。
当初は『経営者の勉強会ってどんなものだろう…』と興味本位で参加した私だったが、自分を『選挙という商取引で皆様からお買い求めいただく商品』として考えると、これまでの売り方に何と問題が多かったことか思い知らされ、大変勉強になった。

【11月13日】

二宮尊徳翁が活動拠点としていた桜町陣屋跡周辺で行われた『報徳田での米づくり体験事業』の収穫祭に出席した。
この米づくり体験事業は、桜町陣屋跡の保存と活用を図ることを目的に開催されているもので、今年で5回目となる。
真岡市内はもとより栃木県内外からも集まった参加者たちが、5月の田植えから除草、かかし作り、稲刈りなどの作業を体験してきた。
この日の収穫祭は、一連の体験事業の締めくくりとして開かれたもので、皆勤賞の表彰や、さつまいも掘りなどを行った後、お昼には収穫したお米やサツマイモに舌鼓を打った。

【11月7日】

真岡市職員で明治大学の先輩でもある永嶋一彦さんの告別式に参列した。
永嶋さんは、平成20年に開設された市民活動推進センター(コラボーレもおか)の初代所長に就任。市民と行政の橋渡し役としてご活躍された。
『困ったことがあれば永嶋に聞け』というくらい、ボランティア団体で活動する私達市民にとって本当に頼りになり、その行動力や情報収集力には驚かされていた。
告別式の会場の至る所ですすり泣く声が聞かれたのは、誰に対しても決して偉ぶらず、常に温厚だったお人柄を物語るものであった。
52歳―。まだまだ『これからの人』であるだけに残念でならない。合掌。

【11月1日】

真岡青年会議所では、現在『キャリアアドバイザー事業』というものを実施している。
これは、真岡市を含めた芳賀地域の中学2年生を対象に『働くことの意義』や『中学時代に何をすべきか』といったことについて、社会人の立場で伝えていくというもの。
『中村さんもやってみませんか?』と青年会議所のメンバーに誘われて気安く受けてはみたものの、準備の段階で『やってしもうたー!』と頭を抱える。
ただ単純に、自分の仕事を自己紹介がわりに説明するにしても、『なぜ議員になったか』『議員になるまでのプロセス』『市議会議員の仕事とは』等々、社会科・公民の授業のようになってしまう。何より製造業などと違い、議員が生産する“政策”という商品は、形がある訳でもなく説明がしにくい。ましてや、生産の過程で重要になるのは、対市長、対職員、対議員などとの水面下での交渉、根回しであって、中学生に言うべき話とは思えない。
悩んだ挙句、若者の就業指導を仕事としている知人に相談したところ『難しいことは考えずに、体験談や失敗談を素直に伝えればいいんじゃないの?』と言われ、少し気が楽になって、“決戦の場”(?)である真岡東中学校に向かう。
とにかく、今まで先輩議員に言われたことや、議員としてやりがいを感じた出来事を整理して、『これは中学生にも必要なことだよなぁ』ということを伝えるよう心がけた。
また、教育問題はこれまで議会でも訴えてきたことであるので、あいさつや勉強、スポーツ、友人関係の構築などの必要性は『俺が学校の先生ならば、子ども達にこんな感じで教えるかなぁ』という気持ちで話して見ることにした。
黒板の前に立って驚かされたのは、生徒達があくび、居眠りはおろか(午後からの授業なので覚悟していました)、よそ見もせずにこちらの話をずっと真剣に聞いてくれていたこと。
授業の終了時に花束までいただいて(選挙の時ももらえなかったのに!)感激してしまった。
それにしても…今回中学生達に『仕事の意義』を伝えることを通じて、むしろ自分の方が『議員の仕事とは何ぞや』ということを改めて考えさせられたような気がする。

【10月31日】

真岡市内のグランドホテル静風で、栃木県市議会議長会主催の研修会が行われ、県内14市の市議会議員が集まった。
この日は、まず午前中に議長会の会議が行われ、来年度の役員の割り振りや予算案などについて話し合った(14市の正副議長が一堂に集まると、まるでサミットのような雰囲気です)。
その後、午後1時半から行われた研修会では、(財)栃木県産業振興センターの黒崎日出雄理事長が『どうなる地域産業、どうする経営』と題し、講演を行った。
黒崎理事長は地域の産業力について、誘致した大手企業を先端、地元の中小企業を底辺とするピラミッドに例えながら『これまで誘致企業に依存してきた栃木県の産業構造は、先細り型で不安定である』と指摘。これから生き残るためには、地域の特性を活かした地場産業の創出と、『購買』から『訪問(観光)』、『定住』を意識した地域ブランドづくりが必要不可欠と訴えた。
今回の研修会は、真岡市が開催市だったため、副議長の私も講師選定などに関わる機会に恵まれた(この日は、講師紹介を担当しました)。
今回の黒崎理事長の講演は『栃木県内の経済が再浮上するためには“発想の転換”が必要』ということが趣旨だったが、真岡市も含めて各市において、産業政策を考える上でのヒントになってくれればと願うばかり。

【10月30日】

地元・大谷地区で避難訓練が行われた。
これは、東日本大震災の折『どこに避難すればいいのか分からなかった』という声が住民からあがったことを踏まえて、地域全体で防災体制を見直そうと、新たに緊急避難場所を選定。住民に浸透を図るため今回初めて訓練を行った。
住民は午前9時、一斉に指定された避難場所に移動(写真右端はわが母方子。HPに初登場)。私が住む3町会1班が避難場所として指定されたのは、近所の大和製缶社員寮の駐車場だった。
この日は、ただ集まって参加者の確認をするだけの単純なものだったが、こうした初期動作の確認が重要であることを、震災を経験して初めて気付かされたように思う。

【10月26日】

市民公園で行われた『老人・身障合同スポーツ大会』に出席。議長の代理としてご挨拶をさせていただき、その後ジャージに着替えて競技進行のボランティアとしても参加した。
このイベントは、市内に住む高齢者や障がい者がスポーツを通して親睦を深めることを目的に毎年行われているもので、今年は秋らしい好天の下、延べ1200名を超える参加者が『輪投げ』や『パン喰い競争』『玉入れ』などの種目でさわやかな汗を流した。

【10月19~21日】

芳賀地区広域行政事務組合議長会の行政視察で、芳賀地区1市4町の正副議長とともに兵庫県伊丹市と滋賀県近江八幡市を訪れた。
今回の視察テーマは『震災復興』と『斎場整備』だった。
(伊丹市)
伊丹市は、平成7年1月17日に発生した阪神大震災で、死者23名、被害家屋16805戸と甚大な被害を受けた。当時、TVの中継で阪急伊丹駅が倒壊した様子が度々伝えられたが、その光景は今も生々しく私の脳裏に焼き付いている。
伊丹市における震災復興の取り組みは非常に早く、被災して1ヶ月後には『震災復興基本方針』を策定。2ヶ月後には『震災復興緊急整備条例』を制定している。
これほど迅速な動きを見せながらも、市民と行政が協働で話し合いながら(自治会役員と市で『震災復興推進委員会』を結成)合意形成を進めたことは注目に値する。
復興までの期間は5年、費用にして45億円(市単独の財源は37億円)で完了したという。
その後、震災から復興した伊丹市の街並みや、市内各所に設けられた防災公園(公園内には非常食などを備蓄する倉庫が置かれている)などを、市職員の説明を受けながら見学した。
今回の視察で特に感心させられたのは、市民と情報を共有しながら、協働で復興に向けて取り組みを進めた伊丹市役所の真摯な姿勢だった。それは、震災発生直後から、行政の情報を市広報の“号外”として発行し、市民に配布し続けたことにも如実に現れている。
結果として、復興の基本計画や関連条例が迅速につくられ、あれほどの被害を受けながらも、わずか5年で復興を完了した原動力になったものと思われる。

(近江八幡市)
芳賀地区広域行政事務組合が運営する斎場(火葬場)は昭和53年に供用を開始し、すでに33年が経過している。
そうした中、各市町の議会でも『ごみ処理施設の整備後に課題となるのは、斎場の再整備だろう』という声が多くあがる。無論、ごみ処理施設の整備も完了までには多くの時間がかかることも考えられる。加えて、今回の震災復興に各市町とも相当の時間と費用を要することも考慮に入れれば、斎場の再整備はまだまだ先のことにはなると思うが、将来を見据えて、各市町で共通の認識を持つことだけは、現時点においても必要であることには違いない。
今回視察した近江八幡市の斎場『さざなみ浄苑』は、従来の斎場の老朽化(明治期に建てられたものだったらしい)を受けて、平成16~17年にかけて整備された施設である。総事業費は10億600万円。広域行政ではなく、市の単独事業(人口は約8万2000人)で行っているということは、いささか驚いたが…。
施設を見学してみると『道の駅』か『割烹料理店』のような佇まいで、従来の斎場のイメージはない。
この施設整備にあたっては、市民も参加して『建設検討委員会』や『運営権当委員会』に分かれて、『近江八幡らしさ』にこだわったコンセプトを打ち出したとのこと。
近江八幡市は、平成16年に制定された景観法に基づく「景観計画区域」に全国初の指定を受けたことで知られる。
周辺の景観にとけ込んだ施設の雰囲気は、そうした市民のこだわりが活かされているのかも知れない。また、施設内に授乳室が設けられたのは、市民からの提言によるものらしい。