【11月30日】

12月議会の質疑・一般質問に向けて、登壇予定の議員による調整会議が行われた。

調整会議では、質問をする順番の決定(原始的にくじ引きで決まります)、重複する質問の調整などが行われる。

その後、市の担当職員との接見…。質問の意図を確認することが主な目的だが、できるだけいい答弁が引き出せるようにと、このあたりから議員VS行政の丁々発止が繰り広げられる。

今回の質問者は、

12月10日(月)  古橋 修一 議員

佐藤 和夫 議員

荒川 洋子 議員

海老原宏至 議員

大根田悦夫 議員

12月11日(火)  中村和彦

星野  守 議員

飯塚  正 議員

七海 朱美 議員

今回、私は2日目である11日(火)のトップバッター(1番好きな順番です)。

【11月28日】

朗読ボランティア『ひばりの会』の活動で、視覚障がい者のための音訳作業(今回は真岡新聞でした)を行う。

会員になって8年目になるが、マイクの前に座ると未だに悪戦苦闘の連続である。

記事の中に出てくる人名、団体名にしばしば『何て読むんだ?』という壁にぶつかる(したがって事前調査が重要です)のはもちろんだが、行政のお知らせに時折掲載されている一覧表、グラフ、写真なども我々が悩む原因となる。無論、掲載する側からすれば『市民が分かりやすく見れるように』という思いがあってのことだろうが、それを『視覚障がい者の方々が、聞いただけで分かってもらえるように』言葉で伝えるのが何とも難しい。

【11月25日】

この日は午前9時から、地元・大谷地区で自治会主催の防災訓練が行われた。自治会主催でこうした訓練が行われるのは非常に珍しいことらしい。

昨年3月に発生した東日本大震災では、真岡市も震度6強を観測し、大きな被害を受けた。

その中で『今、自分は何をすればいいのか』さえ分からず、住民の誰もが不安な日々を過ごしたという苦い経験が、この防災訓練を行うきっかけとなった。

訓練では、各班ごとに指定された避難所(地区内にある空き地や駐車場など8か所を、1次避難所としている)に集合。各班長が参加者を確認した後、“対策本部”のある大谷公民館へ避難所ごとに移動。

公民館では、テント張りの体験や防災関係のビデオ観賞をし、解散となった。

この訓練は、昨年の秋に続いて2回目であるが、今回は約450世帯の地域で221名が自主的に参加した。強制的なものではなく、自治会側も特別なPRや動員をかけた訳ではないというから、住民の防災意識が昨年の震災をきっかけとして変わってきている現れなのだろう。

【11月22日】

この日は、午後3時から都市計画審議会が、午後6時半から真岡地区議員団と地区内の小中学校PTA(地区内には小学校が4校、中学校が3校あります)との意見交換会が行われた。

都市計画審議会では、工業団地周辺地域における土地の用途変更、下水道の統合、公園の名称変更などが協議された。私自身、議員になって10年目にして初めて就いた役職。今までも審議会委員になっていた同僚議員から話は聞いていたが、イメージとは随分違うので戸惑うことが多かった。

真岡地区のPTAとの意見交換会は、これまで各学校からの要望を議員が聞くのみの形だったが、今回から少しやり方を変え、対面方式で議員からも意見を述べられるようになった(結果として、議員からの意見・報告・質問の方が多くなったような気もするが…)。

私の方からは、2日前の芳賀町での視察を踏まえて、各学校における学校図書館の現状についてお伺いさせていただいた。

【11月20日】

栃木県内の若手議員有志で結成している『野嵐会』の研修会が、益子町と芳賀町で行われた。

益子町では、町民と行政が協働で策定した『ましこ再生計画』について、大塚朋之町長にご説明いただいた。

大塚町長が初当選した平成18年は、芳賀地域における市町合併の協議が破たんをし、いかにして自立した地域づくりをしていくかが問われた時期(今もなお全国の自治体にとっては大きな課題ですが…)だった。そうした中で、大塚町長は同年4月に就任し、11月までに計画を策定。自らが初めて関わった翌年度の予算編成に反映させている。そうしたスピードにこだわっている点は、民間企業を経営してきた方ならではの感覚と言える。

ただし、特筆すべきは計画策定に到るまでのスピードだけではない。7月からは役場内に検討組織を立ち上げ、8月からは町民からの意見を募集するなど、町民・行政の協働で計画を策定している。さらに、『住民満足度の向上』『交流人口の増加』『自主財源比率の向上』という3本柱について具体的な必達目標を掲げ、計画を“絵にかいた餅”に終わらせなかったことなどは高く評価される。

個人的には、益子町の特徴を考え抜いて重点目標を絞っている所が、行政の計画=“総花的”という固定観念に縛られていただけに、とても斬新に感じられた。

 

芳賀町では、現在町内にある全ての小中学校に専任の司書を配置しており、その取り組みや教育効果について、町の図書館で説明を受けた後、芳賀北小学校を視察した。

学校図書館というと一般的に『本の墓場』と揶揄され、その活用方法が課題となってきた。

平成13年には法律によって、12学級以上ある小中学校には『司書教諭』の配置が義務付けられるようにはなった。しかし、司書教諭自身がクラス担任と兼務しており、その役割は十分に活かされているとは言い難い(初めからそうなると分かりそうなものだが…)。

芳賀町では、平成14年に町内の教員7名によって『学校図書館整備促進検討委員会』を立ち上げ、すでに第1回目の会合で司書教諭の問題点について議論されていたという。

そこで、芳賀町では翌年度に専任の司書を小学校担当で1名、中学校担当で1名配置するようになった。現在のように全小中学校に司書を配置するようなったのは、平成18年度から(栃木県内では芳賀町以外に宇都宮市と上三川町が、全小中学校に専任の司書を配置している)。

司書が常時配置されていることの教育効果は大きく、芳賀町内の小学校の実績を見ると、子ども達への年間貸し出し冊数は1人平均80冊を超え、配置前と比較すると3倍以上である。

私自身『真岡市の小中学校にも専任の司書を』ということを、以前から議会で訴えてきたが、できるだけ早く実現しなければ…と改めて思った次第。

【11月18日】

地元・大谷地区において『第6回 大谷文化祭』が開催された。

地域住民による絵画、写真、パッチワークから、陶器、盆栽、生け花などにいたるまで109点の力作が、大谷公民館に所狭しと並んだ。第1回目の頃は全く作品が集まらず“言い出しっぺ”(←これは共通語なのでしょうか?)だった当時の区長が頭を抱えたそうだが、年々出品する人数も増え、地域の恒例行事として定着しつつある。

『へぇ~、○○さんってこういう趣味があったの?』と、毎日顔を合わせるご近所さんの

隠れた才能に出会ういい機会でもある。

ただし、自分の母親の作である“切り絵”が飾られているのを目の当たりにすると、倅としては何とも照れくさい…。

【11月14~16日】

東京の日本青年館で行われた『清渓セミナー』に参加。

“地域再生”を統一テーマに、戸羽太氏(岩手県陸前高田市長)をはじめとする全国各地の市長、片山善博氏(元総務大臣、元鳥取県知事)、古川康造氏(高松丸亀町商店街振興組合理事長)など多彩な講師陣を招いて、3日間みっちりの研修内容。今回は北は宮城県から南は鹿児島県まで、97名の首長・議員などが参加した。

東日本大震災により1735名の市民が亡くなった陸前高田市の現状について戸羽市長が語ったが、復興への道のりは今なお遠いという印象を抱いた。

市民のために小売店を誘致しようとすると『農地だった場所に建てることはまかりならん』と規制される…。ガソリンが地元に届いたら『これは経産省から支給されたものなので、自衛官の手を借りて給油をするな』と横やりが入る等々…。復興が遅れている原因を『1000年に1度の問題を、通常のルールで処理しようとしている』と語る戸羽市長の言葉は極めて重い。

また、このほかにセミナーでは香川県高松市の丸亀町商店街を再生させた取り組みについても、同商店街振興組合で理事長を務める古川氏から紹介された。『中心部に定住者を増やす』いわゆるコンパクトシティの発想で、打ちだした数々のアイデアが紹介され、聞いている我々も目からうろこが落ちる思いだった。

一方で、中山間地域の活性化(コンパクトシティとは真逆の発想)に挑んでいる、澤崎義敬氏(富山県魚津市長)、伊藤康志氏(宮城県大崎市長)、大西倉雄氏(山口県長門市長)のお三方からの意見も聞けたことは『コンパクトシティか?農村部をも巻き込んだ均衡のとれた発展か?』という、それぞれの地域の将来像を考える上で参考となる点がとても多かった。

同じ課題について全く異なる意見を持つ人達を、講師として同時に呼んでしまうところは、清渓セミナーの魅力の1つかも知れない。

【11月13日】

市議会の文教常任委員会のメンバーと、教育長をはじめとする教育委員会関係者の意見交換会が行われた。

自分がこの委員会の委員長をしていた2年前も、議会が開かれていない時期に委員会メンバーと市内の学校、教育施設などを視察したことがあったが、このような意見交換の場を設けるのは今までにない取り組み(閉会中に常任委員会が勉強会や意見交換の場を設けることは、もっと積極的に行われてもいいと思います)。

教育委員会サイドから、①小学校の統廃合問題(今年度、学区審議会を4回開催)、②いじめ問題(今年度の上半期の報告件数は47件。例年よりも増加傾向にあるようです)など、教育分野に関する課題について説明を受けた後、委員会メンバーとの意見交換に入った。

【11月11日】

この日は、午前中に青年女性会館で行われた『第19回 真岡地区公民館まつり』にお邪魔した。

真岡市では、ほぼ全ての自治会ごとに地域公民館(市内に166館 そのうち真岡地区には25館)があり、それぞれに地域づくりや生涯学習の活動を展開している。

公民館まつりは、そうした日頃の活動発表や物産展を開くことにより、地域間の交流を図ることを目的としている。今年は、お囃子やハワイアンダンスなどの芸能発表の部には11の公民館が、物産展には18の公民館が参加していた。

物産展の方は…。毎年多くのブースで売り子と化している知り合いに遭遇し『おうっ中村君、これ買ってけ!』と声をかけられ、断り切れず、帰る際には焼そばや焼きいか、野菜にバザーで売っていた日用品など両手いっぱいの土産を抱えるのがお約束となる。

【11月10日】

二宮コミュニティセンターで行われた『二宮地区女性学級』に出演。

今回は“落語を聞く会”ということで、我々『真岡落語研究会』にお声がかかった。4名の出演陣で約2時間の高座。

それにしても…。今回の会場となったコミュニティセンターの多目的ホールは、二宮町議会の議場だった場所。

合併前に議会を傍聴させていただいたことがあるが、まさかそこで自分が落語をやろうとは想像もしていなかった(出演者の目線で見ると、とても使いやすいホールです)。

【11月8日】

『関東若手市議会議員の会』の研修会が埼玉県川口市で開催された。この会の研修会は先月の千葉県鎌ケ谷市に続いて今回で2回目。各都県から約30名の議員が参加した。

『今年度は研修会の回数を増やし、充実化を図る!』という今年度の会長(実は私がやっております…)の方針のもと、来年8月までに6回の研修会を実施していく予定。

特に力を入れていきたいのが『議員個々のスキルアップ』という課題。民間の企業などでは社員のスキルアップは研修の主要なテーマとなっているが、不思議なことに議員の場合は『政策研究』(民間企業では“商品開発”の範疇でしょうか)の方にのみ力が注がれている。スキルアップに力が注がれない結果、最も辛い思いをするのは最も世の中を知らない若手議員となる訳で、それをカバーできるのは若手議員の会の役割の1つだと私は思っている。

今回の研修会では、まず『議員広報活動におけるFacebook・Twitter活用法』と題して、IT政策研究所の戸川大冊氏に。さらに『議員にとって“会派”とは何か?』と題し、自由民主党川口市議会議員団の顧問である立石泰広市議にご説明をいただいた。

自由民主党川口市議会議員団は、平成22年の『マニフェスト大賞』グランプリにも輝いている会派である。市民との情報交換を積極的に行っていることに加えて、会派内で議論を深めて独自のマニフェストを作成し、その実現に向けて日々取り組まれている活動内容は、我々若手議員にとって今後の参考とすべき点が多い。

研修会ではこのほかに、会場となった川口市の複合施設『キュ・ポラ』(公共施設と民間の商業施設が入居)の視察なども含まれ、午後1時から6時半までみっちりと内容の濃い研修となった。

企画と設営を担当した埼玉と東京のメンバーに感謝!

【11月4日】

午前中、地元・大谷地区のお祭り組織『伊夜日子会』の奉仕作業に参加した。通常は近所の公園の清掃だけなのだが、この日は公園の遊具の塗り替え作業も。。。

『それなら事前に言ってくれよ~』と思いつつも、最も年下で従順な(?)自分は反抗することもできず、慣れぬ手つきでブランコ、滑り台のペンキ塗り。結局、愛用の『一張羅ジャージ』をペンキで汚して帰宅する。

【11月2日】

芳賀郡市町議会議員自治研修会が、茂木町にて行われた(とにかく研修続きです)。

今回の講師は白鴎大学の福岡政行教授で、演題は『日本の課題~政治・外交・そして教育~』(テーマが広っ!)。

話題は、民主党の閣僚の現状や尖閣問題から、現在の大学生と接する中で感じている教育の問題にまで及んだ。

福岡教授の話は、これまでも『清渓セミナー』などで度々聞いてきたが、今回は少し気になったことがある。それは、講演の度に出てくる『今後の政局』について、今回はあまり話題として出てこなかったこと。福岡教授らしくない講演だった。

『民主・自民はもとより、今話題の“第三極”もほとんど期待できない』という内容に終始していた(したがって、私の取材ノートもほぼ真っ白)。今の政界の混迷ぶりを象徴するような研修会となった。