【12月6日】

この日、甥っ子と姪っ子が通う小学校で授業参観が行われた。
本来であれば保護者が行くべきところだが、義妹が仕事で忙しく、その代わりに伯父である私がお邪魔をすることに。
6年生の社会、4年生の国語、2年生の道徳の授業をそれぞれ見学させていただいた。
議会の一般質問では、教育分野の課題を毎回取り上げている私だが、実際の授業を見学する機会は本当に少ない。したがって『最近の授業はこういう流れで展開しているのか…』と、こちらが学ばされることも多かった。
6年生の社会では『災害の復興に政治がどのような役割を果たすのか』というテーマで授業が進められていた。
授業の冒頭で先生が『皆さんは“政治”と聞いて、どんなことを思い浮かべますか?』と質問し、真っ先に手を上げた児童が『ウソツキ~!』と天真爛漫に答えていたのを目の当たりにして、かな~りショックを受ける。。。

【12月5日】

次週行われる一般質問の原稿をようやく書き終える。
実を言うと、当初質問を予定していたのは4項目だった。しかし、先日行われた議員協議会で、市長から受けた説明で気になった点があり、それも新たに質問の項目に加えた(行政内部の組織機構の見直しについて)ため、こちらが想定していた質問時間を大幅に超えてしまう原稿になってしまった。『これは言わなくても自分の考えは伝わるか…』あれこれ言葉を削るのに手間取ってしまった。
このあとは、執行部からの答弁を予想しながら再質問のための資料を用意し、できる限り万全の状態で質問当日に臨みたいと思っている。

【12月4日】

12月定例議会が開会した。
この日は開会に先立ち、議場コンサートとして『真岡市民交響楽団 木管三重奏』の皆さんによる演奏が披露された。

さて、今回執行部から提出されたのは『空き家等の適正管理及び活用促進に関する条例の制定』や『中小企業・小規模企業の振興に関する条例の制定』など18議案。

日程は以下の通り。

12/ 4 開会
  11 質疑・一般質問
  12 質疑・一般質問
  14 民生文教、産業建設 各常任委員会
  15 総務常任委員会
  19 閉会

今回の議案で注目されるのは、冒頭に紹介した2つの条例案のほか『市勢発展長期計画基本構想の変更』というものもある。これは、井田市長時代に策定された『第11次市勢発展長期計画』の中に、石坂市長が選挙時に掲げた公約を新しく織り込んでいくというもの。
数そのものは決して多くないが、今後の行政運営に大きな影響を与える議案が目白押しであるので、慎重に時間をかけて審議をしていきたいと思っている。

【12月3日】

地元・大谷地区で実施された奉仕作業に参加。
この日は、カーブミラーの清掃、そして冬まつり(来年の1月7日に開催予定)の看板設置を行った。

【12月2日②】

福寿会の定例会に出席した後、夕方から東京へ。
大学時代に在籍した明治大学政治経済学部の小西德應ゼミのOB会に出席した。
『中村は奥さんを必ず連れてくるように!』と言われ、妻・光江ともども参加をさせていただいた。
私が在籍していた平成6~7年頃、先生はまだ30代で専任講師を務めていた(ヘアスタイルは、今とあまり変わりませんが…)。
今振り返ってみても本当に面倒見のいい先生で、我々も兄貴のように慕っていた。
あれから20数年経ち、今では先生も『政治経済学部長』という肩書きがつくまでになったことには、教え子の1人として本当に感慨深く思う。

 

【12月2日①】

この日の午前中、地元・大谷地区の高齢者の会である『福寿会』の定例会にお邪魔をする。
高齢者の会とはいうのものの、月に5~6回は何らかの活動を行っている。また、会の活動ではないが、小学生達の見守りボランティアとして活躍されているのも、大半が福寿会のメンバーである。
今回は、まず私が落語で、持ちネタの1つである『井戸の茶碗』を披露。その後、お時間をいただいて市政報告を行った。

 

【11月30日】

12月定例議会で質疑・一般質問を行う議員による『調整会議』が、この日の午前中に開催された。
くじ引きによって質問する順番を決めるほか、質問内容が重複した議員同士による調整などを行うのがこの会議の目的。
その後、各課の職員と接見し、質問内容のすり合わせをする。
今回の質問を行うのは、私を含めて10名の議員。質問の日程は以下の通り。

12月11日

柴惠、鶴見和弘、服部正一郎、大瀧和弘、荒川洋子

12月12日

日下田喜義、渡邉隆、池上正美、中村かずひこ、飯塚正

私は、12日(火)の4番目に登壇し、芳賀赤十字病院の将来的な跡地利用、超高齢社会への対応、そして教育関係の諸課題など計5件の課題について質問する予定。

【11月27日】

12月定例議会の開会を1週間後に控え、市議会ではこの日の午前中から、会派代表者会議、議会運営委員会、議員協議会、さらには議会活性化等検討委員会などの会議が続いた。
その後、夕方から市議会の真岡地区議員団と真岡地区PTA連絡会の意見交換会が開催された。
私が議員になった時にはすでに行われており、いつ頃からスタートしたものか定かではないが、毎年11月にこの意見交換会は行われている。
今回議題として挙がったのは『学校給食のあり方』、『外国籍の児童・生徒とその保護者への対応』などだった。
特に、学校給食についてはメニューの選定や質的なものについて、複数の学校から改善を求める意見が出された。
我々議員も、教育問題について議論はしていても、学校の中で起きている変化などについて全て把握している訳ではない。
そのため、こうした意見交換が開かれること自体大変ありがたいし、出されたご意見については、可能な限り改善に向けて市当局などに働きかけていかねばならない。

【11月25日】

宇都宮市内で行われた『栃木県手をつなぐ育成会』の創立60周年記念式典に出席した。

そもそも『手をつなぐ育成会』は、昭和27年に知的障害の子どもを育てる3人の母親が立ち上がり、組織化されたものだという。栃木県で結成されたのは、その4年後のこと。
この日は、県の関係者など来賓を招いての式典が行われた後、『全国手をつなぐ育成会連合会』の久保厚子会長が記念講演を行ったほか、知的障がい者の感覚を疑似体験する研修も行われた。

この研修は、兵庫県たつの市で活動する『ぴーす&ピース』の皆さんに指導を受けながら、参加者全員が参加して行われた。

 

写真はその研修内容の1つで、2リットルのペットボトルの上半分を使って、自閉症の方々の視界がどれほど狭いものなのかを体験したもの。
お話によれば、かつて動画サイトに、たつの市の障がい者を侮辱するような内容が投稿されたことがあったらしい。その事件がきっかけとなり『ぴーす&ピース』が発足。疑似体験を通して、1人1人が障がい者の気持ちを理解できるよう啓発活動を展開している。

【11月21日】

栃木県内の若手議員有志による研修会を、矢板市と大田原市において行った。今回のテーマは『教育問題』。

まず、午前中は『これからの教育現場はどう変わるのか?』と題し、矢板市の佐貫薫市議を講師役として研修を行った。佐貫議員は以前、教育関係の大手出版社に勤務していた経歴を持つ。

人口減少時代を迎えて、労働市場がどのように変わるのか?それを踏まえて、2018年から5年間でどのように教育改革が進むのか?佐貫議員からの説明を聞いた後、参加者間でディスカッションを行った。

しかし、各自治体の議会や教育委員会で議論されている内容が、どれほど時代の流れから取り残されたものなのか…。あるべき姿と現状のギャップに愕然とするばかり。
また、時代から取り残された部分の課題と認識しても、それを1つ1つ解決しなければ先に進めないのも事実。本当に何とかしなければと思う。

午後からは大田原市に移動し、宇都宮大学大学院の原田浩司准教授に『特別支援教育の課題と学校の役割』と題してお話しいただいた。
原田准教授は、10月26日に視察をした鹿沼市立みなみ小学校が、約10年前に学校再生の取り組みを始めた時の校長先生である。
複雑な家庭環境や発達障害など多くの課題を抱えていた児童達と、みなみ小学校の先生方がどのように向き合ったのか?そして、日本で現在行われている特別支援教育の一体何が問題なのか?アメリカのスクールカウンセラー制度と比較しながらお話しいただいた。
今回、佐貫議員と原田准教授に、教育問題について異なった視点から話を聞いた。しかし、お二人から共通して『教員だけでなく専門家をも活用して、教育界の中で“分業制”を確立すること』。そして、そのためにも『学校長などが学校運営のマネジメント能力を高めていくことが不可欠』という話題が出てきたことは、とても興味深かった。

【11月20日】

これまで私は、障がい者のご家族と一緒に『地域生活支援拠点』のあり方などをテーマに勉強会を続けてきた。
この日は、その一環として茂木町にある『NPO法人さかがわ』を視察した。

理事長を務めている安藤信子さんは、夫の好美さんをはじめ町内に住む仲間達と一緒になって、この法人を運営してきた。
安藤さんは、益子町にある美里学園のスタッフとして以前は勤務していたが、そこから委託を受ける形で独立し、平成18年に茂木町にある自宅の隣に、障がい者を対象とした『グループホームいちご』を開設した。
現在は、茂木町内にグループホームを4棟運営しており、合計で19名が入居している。
最も新しい施設は、今年4月に開設したばかりの『グループホームへいせい』。

この施設は、町内の空き家となっていた場所を、行政が買い取って改修を行い、法人側に貸し出す方法をとっている。
真岡市でも障がい者の住まいの整備が大きな課題となっているが、茂木町と『NPO法人さかがわ』の関係は、行政サイドの支援のあり方を関挙げる上で大変参考になるものだと感じた。

【11月18日~19日】

2日間、真岡市内で『全国社会人硬式野球クラブチーム運営勉強会』が開催された。
この勉強会には、北は北海道から南は鹿児島まで、全国25チームの関係者が集まり、チーム運営の方法、地域貢献のあり方、さらには野球指導の技術論にいたるまで意見を交わした。

なぜ、そのような勉強会に私が(野球部出身者でもないのに…)関わっているのかというと、今回の勉強会の事務局となっている『特定非営利活動法人コットンウェイ硬式野球倶楽部』(真岡市を活動拠点としている硬式野球チーム)で理事を仰せつかっているため。

 

今回、特に印象に残ったのは、和歌山県有田市を活動拠点としている『和歌山箕島球友会』の西川忠宏監督の講演。
チーム名にもあるように、有田市はかつて高校野球界を席巻していた箕島高校のお膝元。
野球の盛んな地域とは言え、平成8年にチームを結成した当時は財政的にも脆弱で、運営も困難を極めていたのだという。
選手達の就職のあっせん、寮の確保といった地道なことからスタートし、市の体育施設の指定管理者となることや、応援自販機を設置させるなどの取り組みも行い、少しずつチーム力を強化させていった。
また、今回参加した各チームにとって共通の悩みは、野球人口そのものの減少ということ。青森県のチームなどは、県の高校野球連盟とタイアップし、小学生から社会人までの交流を図る取り組みをして、競技人口のすそ野を広げる努力をしているのだという(まだまだ真岡市でもやれることはあるなぁ、と思いました)。