【6月27日】

真岡市議会では今春制定された『議会基本条例』に基づき、9月定例議会終了後に『議会報告会』の開催を予定している。

この『議会報告会』は、議員が市民に対して、市の施策や議会の動きなどを説明するとともに、市民と意見を交わす取り組み(『意見交換会』と称している議会もあります)。

この日の夕方、真岡市議会の『議会報告会運営チーム』の議員達と一緒に、大田原市議会が開催した『議会報告会』を見学した。

大田原市では、3年前に『議会基本条例』が成立し、翌年から議会報告会を続けており、例年この時期に市内4つの会場で行っている

私達がお邪魔をした佐久山公民館での報告会には、約50名の市民が参加をしていた。

第1部では各常任委員会が今年度に入って実施した行政視察についての説明を、その後、第2部で市民と議員が一緒になって車座方式の意見交換を行った。

常任委員会の視察について、議会報告会で市民に説明するというのは、とても珍しいのではないだろうか。

1ヶ月前に足利市議会の『議会報告会・意見交換会』も見に行ったが、本当に議会によって報告会の内容は大きく違うということを改めて感じた。

【6月25日】

石坂真一市長の公約であり、2020年に開催を予定している『全国いちごサミットinもおか』の実行委員会が、この日初会合を行った。

実行委員会のメンバーは、JA、商工団体、自治会、女性団体そして議会などの関係者16名で構成されている。

実行委員会の会長には石坂市長が、副会長にはJAはが野の黒崎宣芳組合長と、市議会議長の私が就任することとなった。

今回の会合では、基本計画の策定を担うこととなった広告代理店の電通東日本から、企画提案書が提示された。この内容を土台として、実行委員会では来年2月までに基本計画を取りまとめる。

市民の皆さんと意見を交わすと『全国いちごサミット』に寄せる期待は、我々が想像していた以上に大きいことに驚かされる。真岡市がいちごの生産量日本一のまちであることをアピールする必要性は、誰もが感じていることなのである。

その一方で『全国いちごサミット』という初めての試みに対して『一体何をやるのか?』、『本当に成功するのか?』と、いぶかしげに見ている方々も決して少なくない。

この実行委員会において、将来的な方向づけも含めてしっかりと議論し、それを市民に分かりやすい形で情報を伝えていく努力が、サミットを成功させるためには不可欠である

【6月24日】

宇都宮市内のホテルで行われた『明治大学校友会栃木県支部』の総会に出席。

今回の総会に先立って、栃木県支部の長谷川薫支部長による荒井退造氏に関する講演が行われた。

明治大学の大先輩である荒井退造氏は、戦時中に沖縄県警察部長を務め、命がけで沖縄県民の疎開を進め、約20万人の命を救った功績が、今も沖縄では地元の人々によって語り継がれている。

近年、栃木県支部では、荒井氏の功績を讃える運動に力を入れている。昨年秋には、明治大学校友会の沖縄県支部などと合同で、沖縄県糸満市にある平和記念公園において慰霊祭も行った。

荒井氏は明治33年(1900年)に清原村に生まれ、昭和20年(1945年)の沖縄戦終結時に亡くなっている。

偶然にも、今年私は荒井氏が亡くなった年齢に達したことになる。そう考えると、自分達は平和の中で生かされていることに改めて感謝しなければならないし、大先輩の足元にも及ばないが、誠意を込めた仕事を自分なりにしていかねばとも思うのである。

【6月23日】

私の地元である大谷地区で、交通防犯座談会が行われた。

この講演会は、地域住民の防犯や交通安全の意識高揚を目的として、10年以上前から続けられている。

今回は、県警本部の交通企画課の方がお越しになり『交通安全危険予測シミュレータ』(かなり大がかりな装置でした)を使い、バーチャル空間の街並みの中を歩き(実際は足踏みですが)ながら、歩行者の身のまわりに潜む危険要素を体験した。

この座談会が行われた時点の数字として、栃木県内では今年に入って40名の方々が交通事故でお亡くなりになっている。

その中でも、高齢者の割合が全体の約70%を占めており、全国の都道府県の中でもワーストに近いということもあり、県警では強く注意を呼び掛けている。

【6月22日②】

この日の午後は、芳賀地区広域行政事務組合の臨時議会や、真岡商工会議所の議員総会への出席など公務が続いた。

その後、夜から『関東若手市議会議員の会栃木ブロック』の総会が行われた足利市へ向かう。

この会は、45歳に達した年の8月末をもって『卒業』となる。

したがって私も、今夏で卒業を迎えることとなったのだが、この日は他のメンバーが少し早めの卒業祝い(別に卒業を急かしている訳ではないと思いますが…)をしてくれた。

プレゼントとして贈られたのぼりのデザインを見て、思わず『はぁ~!?』と目が点になったが、忙しい合間を縫ってメンバーがあれこれ準備してくれた心温まるサプライズの数々…。

こんな素敵な仲間達と、今まで一緒に研鑽を積むことができたご縁に、ただ感謝、感謝である。

【6月22日①】

この日の午前中、朗読ボランティア『ひばりの会』の活動で、益子町七井にある松ヶ丘葵荘へ。

この施設は、視覚に障害のある高齢者が入居しており『ひばりの会』では年に数回訪問している。メンバーが朗読を披露したり、入居者の方々と一緒に歌を歌ったりするのであるが、私は毎回落語を披露させていただいている。

この松ヶ丘葵荘は、真岡高校に落語同好会があった時代、新入部員が覚えてたてのネタを披露する、言わば“デビュー戦”の場であった(私も29年前に、ここで初高座を踏みました)。そのため、ここで落語をやると私も初心に返ることができる。

【6月19日】

6月定例議会が閉会日を迎えた。

今定例会では、執行部から提出された『真岡市リサイクルセンターの設置及び管理条例の制定』など10議案が、いずれも原案通り可決した。

また、このほかに『東海第二原発の稼働延長を認めない意見書の提出を求める陳情』や『もおか鬼怒公園開発株式会社運営に関する特別委員会設置要請書』の2件についても採決された。いずれも否決されたものの、それぞれ所管の委員会(総務常任委員会と議会運営委員会)で話し合われた際、提出者からも意見を求め、慎重に審査をする形をとった。

こうした取り組みは、先頃制定された『真岡市議会基本条例』に基づいて初めて行われたもの。

初めてということは、今後の『前例』になるということなので、議会運営の面で考えさせられた点も多々あった。今回評価できた部分、そして課題となった部分を再精査しながら、さらに議論を深める環境づくりを進めていきたいと思っている。

【6月17日】

真岡市消防団の夏季点検と操法大会が、総合体育館東側の市民公園グラウンドで行われた。

操法大会には7つの分団から計24部が出場し、これまで練習してきた成果を披露した。

団員の方にお話を聞くと、ゴールデンウィーク明けの時期から、忙しい仕事の合間(早朝など)をぬって練習を続けてきたとのこと。

そうした努力の成果が今大会だけにとどまらず、日頃市民の安心・安全にも寄与しているのだと思うと本当に頭が下がる。

なお、操法大会の上位入賞は以下の通り。

優 勝 第2分団第2部

準優勝 第2分団第1部

第3位 第5分団第2部

見事優勝に輝いたのは、山前地区の第2分団第2部。同部は、この後7月1日に行われる芳賀地区大会に真岡市代表として出場する。

【6月11日~12日】

2日間にわたって市議会の質疑・一般質問が行われ、6名の議員が登壇した。

議長に就任して初めての定例議会。

議事進行の仕事については、副議長を務めていた際に経験しているが、質問者と答弁者のやり取りの中で咄嗟の判断が求められる場面が多く、傍から見ていて抱く印象より、議長の仕事は難しいものがある。

今回特筆すべき点は、一般質問の方式が、従来の一括質問一括答弁方式(再質問時からは一問一答)に加え、一問一答方式も選択できる制度を取り入れたこと。

一問一答方式を最初に行ったのは、12日のトップバッターを務めた渡邉隆議員だった。

その様子を眺めていて、改善すべきと思われた点はいくつかあったが、議員が1つ質問をして、執行部がその都度答弁をしていくと、議論がこんなに分かりやすく変わっていくものかと率直に感じた次第。

【6月9日】

この日の夕方、青年女性会館で行われた『夏祭り町会囃子連』の交流会にお招きいただいた。

『夏祭り町会囃子連』は、荒町、田町、台町、並木町などにおいて、お祭りのお囃子を演奏している方々による組織。設立して15年が経過(多分、真岡市の市制施行50周年を節目として結成されたのではないでしょうか)している。

この交流会は、日頃練習を重ねてきたお囃子をお互いに披露しあい、夏祭りに向けてさらに切磋琢磨をすることを目的としていて、設立当初から毎年この時期に続けられている恒例行事。

お話によれば、各団体とも毎週1~2回程度は練習を重ねているとのこと。

真岡の夏祭り(7月27日~29日開催予定)まであと50日。今年も素晴らしいお囃子の演奏が、祭りを大いに盛り上げてくれることだろう。

【6月6日②】

午後から、宇都宮市内で行われた下野新聞社の創刊140周年の記念式典に出席。

下野新聞は1878年(明治11年)6月に創刊している。地方紙としては、全国でも9番目の歴史を有しているという。

さて、この日の式典には、栃木県内の政界や経済界の関係者など約1000人が出席をした。

写真は、栃木県出身のお笑いコンビ『U字工事』の益子卓郎さんと福田薫さん。栃木県の認知度を高めたこれまでの功績が評価され、この度『100%とちぎ愛賞』が贈られた。

 

(余談)

この式典の最中、個人的に嬉しい出来事があった。

ある出席者から突然『お久しぶりだね!』と声をかけられた。

首をかしげながら名刺交換をすると、私が大学4年生の時、就職活動でお邪魔した会社で人事担当をされていた方だった。名刺を再度見ると、現在はその会社の社長を務められている。

『今、真岡市で議長をやっているんだって?頑張っているなぁ』

お会いしたのは20年以上前のこと。しかも本当に短い期間。それにも関わらず、新聞に私の名前が出た時などは、ずっと気にとめてくださっていたらしい。

本当に、自分は色々な人に支えられながら、これまで生きてきたのだと改めて思う。

【6月6日①】

妻・光江のX回目の誕生日。

お祝いと言っても、気の利いたことが何も思い浮かばないので、午前中の空き時間に、市内の花屋へ花束を買いに行く。

そういう行為自体、自分としては本当に照れくさいのだが、よりによってこの日、花屋には『マイチャレンジ事業』(中学2年生による職場体験)の中学生達がいた。

花束が完成する過程を、実に興味深そうに眺めている。その時間の長かったこと、長かったこと…。